倖田來未さんの「羊水」発言について

倖田來未さんの失言が波紋を広げているが、問題は単純だ。
まず「マスコミは騒ぎ過ぎ」という批判があるが、この種の醜聞でマスコミに節度を求めるのは無理がある。そもそもマスコミは大衆をあおるのが仕事だ。マスコミに節度を期待するなら、この問題以前に批判すべき点は山ほどある。ましてマスコミと共存共栄の関係にあるタレントたちが、マスコミを批判して倖田來未さんをかばうのは完全に矛盾している。
さて、問題のラジオ番組は生放送ではなく録音だという。つまり倖田來未さんをサポートするスタッフが確認を漏らしたということだ。タレントの「品質管理」を怠った点で、スタッフに明らかに問題がある。タレントの発言がどんな波紋を呼ぶか、先回りして未然に防ぐのが人気商売であるタレントの最も重要な「品質管理」だろう。
そして倖田來未さん自身の問題は、おそらく本当に「35歳を過ぎたら羊水が腐る」と思っていた点だ。公的な場で発言するのに必要な、最低限の知識や教養がなかったということだ。
僕は彼女が悪意ある人間だとは思えない。言ってはいけないことをあえて言うような、意地悪な人間だとは思えない。そういう彼女が、何の引っかかりもなく「羊水が腐る」と話したのは、本当にそう思っていたと考えるのが妥当だ。彼女は、自分の知識や教養のなさに気づけないほど、知識や教養がないということだ。
ただ、タレントは神様ではない。タレントとして歌やダンス、自分をプロデュースする才能など、さまざまな才能を持った人間に、さらに無難な一般人としての素養も要求するのはどうだろうか?
僕は、今回の問題は、単純にエイベックスが「品質管理」を怠ったことだと考える。彼女がいかに知識や教養を欠いているか、いちばん分かっていたのはエイベックスのスタッフのはずだ。であれば「商品」がボロを出さないようにきっちり管理するのが彼らの仕事である。
例えば、日本語が不自由なalanさんに、日本語の家庭教師をつけたり、通訳をつけたりするのはavexの仕事だ。それと同じように、一般常識の足りない倖田來未さんを周囲でちゃんとフォロー(管理)するのがavexの仕事だ。
もちろん、倖田來未さんが一人の私人として、「35歳をすぎたら羊水が腐る」と誤って信じていたこと自体にも問題はある。しかしそれはほとんどの日本人が「日本国憲法は法律の中でいちばん上位の法律だ」と誤って信じていることと同じレベルの問題で、”お勉強”が必要なのはお互いさま、ということだ。
もう少し分析してみよう。
なぜ倖田來未さんの「羊水」発言が、私人としての発言であるかのように騒がれ、倖田來未さんが個人攻撃され、それに対して例えば和田アキコさんが個人的に彼女をかばうような発言し、それがまた話題になるのか。
それは、われわれメディアの受け手が、いつの間にか「約束事」を忘れてしまっているからではないだろうか。
「倖田來未」というのは単なるエイベックスの「商品」であって、ご本人の私人としての人格とは無関係である。芸能界というのはそういうものだろう。そういう「約束事」をわかった上で、芸能人についてあれこれおしゃべりするのが、芸能界やメディアの世界の正しい楽しみ方である。
ところが、いつの間にかメディアの受け手であるわれわれはその「約束事」を忘れ、まるで芸能人が私人としての本人であるかのように反応していないだろうか。もちろんメディア自身、その「約束事」をあえて破るフリをするような、プライベート暴露的なお遊びが過ぎるが、それも飽くまで一定の「約束事」にのっとった単なるゲームだ。
タレントが単なるゲームの「駒」であることを忘れてはいけない。