alan中国語ブログ試訳:2007/09/28


引き続きalan(阿兰 达瓦卓玛)さんの中国語ブログで中国語の勉強をする。『地下鉄の恋』の字幕も含め、散文や口語に近い中国語をたくさん読むことでわかってくるのは、どういう言葉がよく使われ、どういう言葉があまり使われないかということだ。
引用元はこちらの「阿兰达瓦卓玛的BLOG」。日本語の公式サイトはこちらalan official website
今回のブログは阿蘭さんが学生時代のエピソード満載で相当おもしろい。しかし例によって蔵族らしい仏教的(?)な考察が付け加わっている。
2007/09/28 00:35:18
今日は変な感じです、気分がいいのか–悪いのか–よくもあるし悪くもあるし–いい感じもするし–…突然とても….、一人で異国の大通りを歩きながら、この騒々しい都市を見つめていると、突然一陣の寒さを感じて….心は氷のように冷たく..頭はからっぽになり…ぼんやりとしてしまい…本当に二重人格になったようで…
私はいつもちょっと妄想してみることがあります、30歳の私は何をしているんだろう、40歳の私は何をしているんだろう、50、60…
なぜ人は一生せわしいのでしょうか?幼稚園から始まって–小学校–中学校–大学。もともと大学を卒業したら気楽になれると思っていました。学生時代は本当に疲れました、中学時代の私は毎日バッグを背負って自転車に乗り、後ろには二胡を載せて..、あの頃は成都で勉強していて、歩道の上には黄色い上着のおばあさんがいて、まじめに働いていました、私はいつも捕まって罰金をとられて、というのは自転車にライトがなかったからです。それに視力が良くないので何度か授業に間に合うように自転車を飛ばして、地面に物があるのを見逃して、おもいっきり転んでひどい目にあいました….今でも傷のあとがあって。本当に忘れられません….
大学に上がると自転車は使わなくなり、軍学校では、軍事訓練のときのことを覚えています、一か月とても苦しかったですよ、訓練は10日くらいで、ある日ベッドの上で他の同級生と騒いでいたら、その結果床板が跳ねて崩れ、彼女は無事だったんですが、私は床板の下敷きになって、その結果軍事訓練の後半は私は傷病兵になり、少ししてから回復しました、毎日していたことと言えば食堂に行ってみんなの食器をならべること、満足したことは、休んでいた期間に同級生と一緒に寸劇を計画して、上演したときに大喝采を受けたことです。、内容は身近な戦友たちの本当の性格と起こった出来事のことでした。冬の頃は北京は雪が深々とつもり、朝私たちはみんな分厚い軍服のオーバーコートを着込んで、外に出て雪かきをして、隊長は私たちに竹ぼうきと、ちりとり、シャベルを渡して、なぜか知らないけど私には一番大きなシャベルを渡し、朝6時過ぎに、空がまだ全然明るくなくて、人々はまだ寝静まっていて、私はそのシャベルで雪をすくい上げたら、結果ものすごく重くて、私もろとも後ろにひっくりかえって、倒れてしまいました!めまいがして…本当に恥ずかしかった。それからもう一つあって大学一年生のとき演劇の台詞の授業ですが、ある日の授業で、みんなに自我の解脱、束縛をふり払うことを教えるということになりました。先生は私たちに目を閉じて地面に横になり、自分が草原の上にいるのを想像するように言いました:青い空..白い雲..鷹….音楽も合わさるとさらに本当にそんな感じがしてきて…その結果耳のそばでぐーぐーという音が聞こえて…..目を開けてちょっと見てみると、となりの男の同級生がもういびきをかいて眠っているんです…。
それから演技の授業のとき、一話のお芝居をするテストがあって、私たちの組は恋愛悲劇を演じて、リハーサルのとき私と男の同級生がカップル役で、結果主役の男の子が半分まで演じたとき鼻血が出てトイレまで走っていきました(いちゃいちゃする演技はなかったんですが)、みんな大笑いで….
学生時代は本当に面白かった、同級生たちも普段はいつも大して連絡をとらないし、みんな学校にいたときもそれぞれ忙しくて(というのはみんなソロの歌手で、自分ひとりだから)(※訳者注:「独字」は「独自」が正しい)大学を卒業してからも仕事で奔走しなければいけないとは思いもしませんでした、いつになったら終わるんでしょうね??一生遊んで暮らす人っているんでしょうかね?いる——-そんなバカな!でも私はそういうわけにはいきません..だからこんな風にやっていくしかないですね。でも忙しくした後には、最後には何をするんでしょう??家庭を持つ??小さな家庭を築く???—–家庭を持つことが楽しいんでしょうか?さらにその家庭のために奔走して忙しくしなければいけないのでは、要するに人は一生忙しくしてきりがないし、心を煩わせてきりがない…あらら…..本当にそうです、こんなことは考えないようにしましょう、考えて考えてやっぱり人は一生生きていくんだと思いました—–なかなか難しいです!!!