alan中国語ブログ試訳:2007/06/07

引き続きalanの中国語ブログを日本語訳して中国語の勉強をしてみたい。引用元はこちらの「阿兰达瓦卓玛的BLOG」
前回に引き続き一人称として「偶 ou3」が使われている。どう日本語訳すればいいのか分からないので「私」としておく。
また今回の内容はほとんどが蔵族の土地である四川省の観光地、稲城亜丁の旅行記だ。ここには美しい湖があり、その一つが何と彼女と同じ「卓玛拉」という名前で、蔵族の言葉で「卓玛」とは「仙女、聖母」という意味らしい。
ついでにGoogleで「藏语 词典 达瓦」をキーワードに検索すると、「达瓦」というのはチベット語で「月曜日」という意味とあったが、さらに調べると「达瓦」は「月」の意味らしい。つまり「达瓦卓玛」とは「月の上の仙女」という意味で、蔵族女性の名前としてはそれほど珍しくないそうだ。
2007/06/07 01:36:29
今日思い切って会社に言いました、(やっぱり主に私の替わりに月月さんに言ってもらいました)、最終的に決まったのは、10日朝8時に撮影を始めるということ、八時!!!!ボスは私を5:30に起こします、さもないと8時に顔のむくみがとれないから、午後4時まで撮影して直接飛行場に行き、ああ….結局はこれでよかった。皆さんご心配なく。
最近私の身の上についてちょっと私を戸惑わせる人が多いんです、私はどこの蔵族かと聞くんです….皆さんに簡単にお答えします。それから私は自分の故郷を愛しています、小さいときに出て来てしまったけれど。私の資料にはこう書かれています:
 私の原籍:丹巴(美人谷)、私の祖先は十八代その土地の人間でした。
 私の出生地:康定
 民族:蔵族(でも英語と日本語では蔵族と西蔵族は同じ言葉です)
 (※訳者注:日本語ではどちらも「チベット」となる)
実を言うと私は今まで西蔵に言ったことがありません、ただずっと西蔵にあこがれています。時間が出来て、会社が私に休みをくれたら、一人で西蔵に参拝に行って、写生して、そういう生活がしたいです。(ただやっぱり手提げバック一つで行けたら一番いいです、私はどこへ行くにも荷物がかなり多いので)。
私にどこの蔵族ですかと聞く人がいたら、私は康巴の蔵族、つまり川蔵だということになります。康巴の蔵族の歌手はたくさんいるみたいなのに、彼らはどうして自分が西蔵族だと言わないのかわかりません、みんな安心して下さい、私は言わないわけにはいきません、私は康巴蔵族です。四川の康定の丹巴が私の故郷です。じっさい康巴民族は非常に強くて勇敢な民族で、血統も全世界で最も優良な五大血統の一つです、だから私は誇りに思い、誇りに感じています。(私はかなり弱々しく小さく育ちましたが康巴の男性とこの名前には少し違いがあります)(※訳者注:この箇所意味がよく分からなかった)、でも私は故郷を愛していますよ、私は今でもいつも康定の涼粉(※訳者注:食べ物の名前)、火鍋粉(※訳者注:食べ物の名前か?)、焼肉…食べたくてたまらない….当然今は成都と北京も私の家です。生活するとどこでも愛着が出てくるので。
どこにいても、私たち蔵族は団結すべきだと思います、私が蔵族らしくなく育ったと言う人もいますが、実際私の目鼻立ちはやはり民族の正統的な顔立ちだと思います。ただ肌が白いだけです、実際みなさんは蔵族の肌がとてもきれいだということを知らないでしょう、長年の高原の気候と紫外線のために彼らの皮膚は焼けているだけで、私も帰れば高原焼けになるでしょう。(※訳者注:「才回出现高原红」はよく分からなかったがこのように訳しておいた)また私たちはこんなに長く他の土地で生活しているので他の土地の文化の影響を受けていることには違いありません、ただそれでも自分の民族を愛する気持ちには影響しません。私は漢民族化されてしまっていると言われるのがいちばん嫌で、小さいときに故郷を出てしまったので何を漢民族化と言い何を蔵族化と言うのだろう?と考えています。蔵民族化とはああいう肌の色になることや民族衣装を着ることなのだろうか?私はただ自分の体の中に蔵族の血が流れていて、心の中で自分が蔵族だと知っていて、蔵族の文化を強く愛し、仏教を信仰していさえすればそれでいいと思っています、外見で分からなくても、人はみな進歩しなければいけません、..それに私の実家でたくさんの活仏の方々を紹介されました。仁波切さんは私の先生で、数年前から毎年休みになると父さんと一緒に東北三省に行って祭日に参加していて、活仏の先生に会ったり、写生したりしています。特別に楽しい。特に一昨年は稲城亜丁(香格里拉)に行って(※訳者注:雲南省の香格里拉のことではなく四川省の稲城亜丁で有名な観光地らしい)、その土地がとても好きになり、帰りたくないなどと理不尽なことを言ったりして、父さんは仕事があったので仕方なくて先に帰ったので、私は一人でその辺りで一週間遊びました、私の誕生日(7.25)もそこでは特に面白かったです!私たちは馬に乗って山に入り、自然のままの森林、山、湖を見ました。特に三つの神山が目の前にそびえ立ってその場で震えてしまいました、..皆さんには分かりにくいと思います。あの山の前にいると自分がとてもちっぽけなものに思えるんです…私はそこで馬から跳び降りて何百回も額づきました…そこに留まって帰りたくなかったです。
それから稲城から理塘(全世界で海抜が最も高い都市で、平均海抜4,000メートル以上)まで一週間旅行し、そこに行ったのは8月1日の競馬祭がとても興奮するからで、競馬のほかにいろいろな出し物があり、結局卒倒しそうでしたが、二日目は段々と落ち着きました。私の先生の東東活仏はそこにいます。私は毎日お目にかかり、というのは草原の上にテントが建っていて、彼のいるところに一番近いところを探したからで、こういう方法で東東活仏先生に会いに行き彼は毎日たくさんの蔵語の言葉を教えて頂きました(※訳者注:「交」は「教」が正しい)。蔵族の文化史も話して頂きました。私は彼が遊牧民の厄払いをしたり、食料やお金をあげたり、まさに生きた菩薩のような様子を見ました..私たちは人波にのまれて(その多くは他の土地からの巡礼者ですが)寺院に行き、神山を見ました。夜にはお父さんのお友だちのテントにいて、楽しく遊んで、たき火をして(※訳者注:「升火」は「生火」が正しい)、火を囲んで一緒に蔵族の民族舞踊を踊り、歌い、ハダカ麦のお酒を少し飲みました、生活にはさまざまな彩りがあり、本当に心から楽しみました、何の雑念もなく、ああいう感覚はとても良かったです。その時は時間に限りがあり、できればまたあの理塘というところに行きたいです、聞くところによれば丹頂鶴が最も好む地域らしいです…..最後に私の父さんが私が帰りたくなさそうな様子を聞いて、自分で理塘まで私を連れに来て、それでやっと私は家に帰りました..これからもいつでも皆さんに私が行った蔵族の土地のことをお話できると思います、皆さんも時間があれば私の故郷に遊びに来て下さい、特に夏は、避暑にとてもいいですよ。誰か6月末に私と一緒に私の実家の辺りに行きたい人いませんか?お早めにご応募下さい!!!!~あ~~~~。