alanが2005年に出場した大学生歌手コンテストの記事

alanの中国での経歴に、2005年に第三回北京大学生キャンパス歌手コンテスト出場とあるが、出場時のalanの写真入り記事が新波网に見つかったのでご紹介してみたい。
alan(阿蘭・达瓦卓玛)は弟と一緒に出場したようだが、記事の中では全く特別扱いされていない。また審査委員が一人ずつ紹介されているのが中国らしい(?)
記事本文はこちら。「2005/05/12 第三回北京大学生キャンパス歌手コンテストが順決勝へ」
同記事にあるalan(阿蘭・达瓦卓玛)の写真はこちら。『走出喜马拉雅』という歌を歌ったとある
「第三回北京大学生オリジナル曲及びキャンパス歌手コンテストの第一回戦の結果が4月28日発表され、千名に上る参加者中全部で280名の選手が(オリジナル曲の歌手、そうでない歌手、バンドを含む)順調に順決勝に進出した。これらの選手は間もなく北京科技大学、北京城市大学、北京航空宇宙大学で開催される四日間四回にわたる順決勝で力を競い合い、規定の60名が決勝に進む。
これまでのコンテストの趣旨を踏襲し、北京大学生オリジナル曲及びキャンパス歌手コンテストは独創性を唱導し、選手に形式に拘らず「自分のやり方で自分の曲を演奏」し、できるだけ独自のスタイルで歌い、独自の才能を表現するよう奨励している。
準決勝は空軍歌舞団歌唱隊隊長で中国一級の歌手、陳晓涛、総政治部歌舞団歌唱隊隊長で有名男性バス歌手、馬子玉先生、戦友歌舞団歌唱隊隊長で有名な女性ソプラノ歌手、李晓娟、戦友歌舞団女性メゾソプラノ部長で有名な女性メゾソプラノ歌手、劉桂琴、二砲文工団歌唱隊隊長で有名なソプラノ歌手、李娟、戦友歌舞団の有名な女性ソプラノ歌手、張秀芬先生、戦友歌舞団歌唱隊隊長で有名なソプラノ歌手、李晓娟(※訳者注:この人物の紹介が重複しているのは記事自体のミス)、北京青春印象文化芸術普及センター執行芸術総監督、張登祥が審査委員を務めた。その他に公証人が列席し、全てのコンテスト現場を公証した。コンテストが公平、公正で、公開されていることを確保するためだ。
(2005年5月の)9日、10日の両準決勝では全部で127名の選手が出場した。彼らはかなり高水準の歌唱を見せ、相当数の選手が自分で演奏しながら歌い、歌唱力も全体的な芸術的才能の表現も人々を驚かせた。民族衣装を着た李泱と侗族女性の掲宇は各々自作の民謡『辺城』と『侗族木楼』を歌い、人々の目の前を明るくさせた。九天音楽公司の契約歌手で、北京航空宇宙大学博士課程在学中の楊新穎は自分の新作『夏夜如烟』を携えてきた。チベット族の姉弟、阿蘭・達瓦卓瑪と降措洛布は一緒に登場し、各々『走出喜馬拉雅』とチベット族民謡『親愛的弟弟』を歌った。北京総合大学特殊教育学院の盲人学生、高欣欣はイタリアの美しい歌曲『禁じられた音楽』をうたい、熱烈な拍手を博した。北京舞踏学院ミュージカル学科の学生、肖傑と彼の同級生はBACK STREET BOYSの出世作『I want it that way』を歌い、リズム感にあふれた曲で、おしゃれでかっこいいダンス姿が続けざまに喝采を受けていた。
(2005年)5月12日バンドだけの準決勝が北京城市学院で行われるが、きっと非常に素晴らしいものになるだろう。」