奇怪な記事「IMの普及を妨げる日本人のDNA?」

2007/12/20付け日経ITPro「IMの普及を妨げる日本人のDNA?」という記事が、いかにもマイクロソフトらしい的外れな記事だったので、詳細に反論してみたい。
この記事はインスタント・メッセージ(以下IM)が、欧米企業に比べて日本企業でなぜ普及しないのか、マイクロソフトの越川氏が分析しているが、その分析がかなり的外れなのだ。
記事いわく「マイクロソフトでは科学的なアプローチで日本人の特性を調べてみた」。その結果「特筆すべき日本人の特性(=他人種との差異)は以下のものである」。
「(1)相手の気持ちを気にする繊細さがある
(2)本質を率直に表現しない
(3)ノンバーバル・コミュニケーション(非言語対話)が少ない
(4)時間・場所・状況をわきまえてコミュニケーションを行う
(5)人間関係(社会的立場、上下関係、親密度)によって切り分ける
(6)邪魔されたくないという意識が高い」
この特性分析はおそらく正しい。しかしここから引き出された分析が的外れなのだ。
越川氏はこの日本人の特性から「日本で携帯電話が普及している理由が分かるような気がする」としながら、「IMは『相手を邪魔したくない』『邪魔されたくない』というDNAを持つ日本人には、好ましくないツールであるように思われる」と分析している。
しかし、別に日本人は「邪魔したくない」「されたくない」からIMを使わないわけではまったくない。この点は後ほど述べる。
越川氏はここから突然議論を飛躍させ、別のIMに関するアンケート調査結果を持ち出し、「今後の導入検討は25%と予想以上に高かった」とし、日本人会社員の思う「IMの課題点」を列挙した後、「セキュリティの高さを備え、直感的操作で利用でき、企業のガバナンスが及ぶIMであれば受け入れられる、ということが分かる」と分析している。
さらに、若い世代に着目し、日本国内のMSNメッセンジャーのアクティブユーザーが477万人を超えていることを持ち出し、「携帯電話、PC、インターネットなどのデジタル通信が急成長した時代に育ったこのジェネレーションは、電話の音声通話や、FAXよりもIMの方が快適であると感じるのではないだろうか」と結論づけている。
正直言って、無茶な分析である。
まず、日本人の特性の(4)と(5)に注目すれば、越川氏のような結論は引き出せない。(4)と(5)によれば、日本人は上下関係のある公的な場での意思疎通と、上下関係のない友達との私的な意思疎通を、きっちりわけて考える人種だと分析できる。
日本企業でIMが普及しないのは、まさにこの点に原因がある。つまりIMは、企業内のコミュニケーションツールとしては、あまりにカジュアルすぎるのだ。
しかし日本企業にカジュアルなコミュニケーションがないわけではない。そこで日本人の特性(3)が意味をもってくる。
日本人は企業内でカジュアルなコミュニケーションをするとき、ほとんどの場合、バーバルな(=口頭の)コミュニケーションを選択する。つまり、廊下や喫煙室、昼食時、飲み会などでのリラックスした会話だ。
したがって、正しい分析は以下のとおりになる。
日本人は(4)や(5)の特性から、社内でも公式/非公式のコミュニケーションをはっきり分ける傾向があり、さらに(3)の特性から、とくに非公式なコミュニケーションについては、直接会って話すというバーバルな方法を選ぶ。だから日本人は、そもそも会社生活でIMを必要とする場面がほとんどない。
もっと言えば、日本人の「ヤング・ジェネレーション」(越川氏が使っているこの言葉も殆ど死語だと思うが)は、越川氏が思う以上に保守的である。つまり、会社生活と私生活を、非常にはっきり区別する傾向がある。
日本人の若年層が、私生活でIMや携帯電話のメールを駆使していることには間違いない。しかしそれは飽くまで私生活に限った話であって、企業に入社してしまえば、日本人の若者は、驚くほど会社員的な生活様式に順応してしまうものだ。
仮に日本人の若者が会社でIMを使うとしても、それは就業時間中にこっそり私的な友人と連絡をとるためであって、決して業務のためではない。この点でも越川氏は日本人の傾向を見誤っている。
まして、越川氏の言う「若年者の方がタイピングに慣れているので、その点もハードルが低い」というのも、2007年の今日ではかなり的外れな分析だ。
10年前ならまだしも、これだけ企業にパソコンが一人一台の割合で普及して、「若年者」でない日本人会社員でいまだにキーボードアレルギーのある人がいったいどれだけいるというのか。
最後に、マイクロソフトがIM導入についてアンケート調査をしたとき、なぜ「今後の導入検討は25%と予想以上に高かった」のかを考えてみる。これは単に調査結果の見方の問題だ。
この調査では「導入の予定はない」が49.1%になっており、「わからない」もあわせると、実に回答者の7割弱がIMに無関心ということになる。
このような数字は、IMに限らず、社内SNS、社内ブログ、無線LAN携帯など、新しいIT系の技術について日本人会社員にアンケートをとると、だいたい共通して出てくる割合だと言える。
つまり、日本人会社員の3割弱は、何であれこの手の新しい技術に興味をもっており、その他の7割はITそのものにあまり関心がない。
さらに言えば、マイクロソフトの調査に対して「今後導入を検討したい」と回答した17.9%の会社員のうち、いったい何人が社内でIMを導入する権限や職務を持っているだろうか。
以上、非常に奇怪な記事だったので、詳細に反論させて頂いた。