佐世保乱射事件に対するあまりに短絡的な反応

佐世保乱射事件で、住民の事前の相談がありながら動かなかった警察に非難が集中しているが、一般大衆は自分たちの考えの甘さを疑ってみるべきだろう。
つまり、この種の不審人物についての相談や通報は、みんなが思うよりはるかに多く、とても警察が処理しきれない数になっているおそれがある。日本の治安はみんなが思うより実はずっと悪くなっているかもしれないということだ。
不審人物についての相談や通報など、そんなに多くないだろうと思い込んでいる一般大衆の方こそ、日本は安全だという夢をまだ見ているのではないか。
また、住民からの相談や通報があったら、警察はすぐにその不審人物から猟銃を取り上げるべきだというのも、きわめて危険な暴論だ。
これを許してしまったら、「あいつは怪しいから」という理由だけで、私有財産に対する警察の無制限な介入を許しかねない。いきなり猟銃を取り上げることに警察が慎重なのは、市民の自由を公権力はいたずらに制限しないという、まっとうな理由があるからだ。
この種の事件があると、一般大衆は「自由はなくても、治安がよければOK」という極めて危険な傾向を見せるので、危なっかしいったらありゃしない。自分たちが当たり前のように享受している「自由」が、いかに微妙なバランスの上に成り立っているか、もう少し冷静に考えるべきだろう。
「警察がもっとガンガン取り締まればいい」というのは、きわめて短絡的で危険な発想である。