仲正昌樹著『デリダの遺言』を読まなかった

別の本を買うつもりで最寄の大型書店に立ち寄ったら、たまたま仲正昌樹氏の著作を見つけてしまい、半時間近く立ち読みしてしまった。『デリダの遺言』と『思想の死相』の2冊だ。
『デリダの遺言』では、僕が某国立大学でフランス現代思想を研究しようと思い立つきっかけになった、高橋哲哉氏の最近の政治的発言が批判的にとりあげられているので、思わず読み込んでしまった。
思想書としては久々に面白く感じたので、購入して読もうと思ったが、ふと冷静になって考えた。
仲正氏はこの2冊の書物で、思想は「生き生き」していなければならないという強迫観念を徹底的に批判しているが、仲正氏自身、生き生きした思想とそうでない思想という二項対立の図式に、意図的にコミットしている。
仲正氏の言説のスタイルは、仲正氏の意に反して、とてもわかりやすい。なので思わず立ち読みしてしまう。しかし、仲正氏が批判の意図を明解にするには、二元論図式にどっぷり足を踏み入れる必要がある。
もちろん宮台用語でいえば、これは仲正氏の「ネタ」なのだが、西洋哲学の専門家でない僕のような単なる会社員が、仲正氏の本を楽しむこと自体、「ネタ」を「ベタ」へと転じる過程になってしまう。言い換えれば、仲正氏の受け売りで、高橋哲哉氏のサヨク的言説を批判するようなことになってしまう。
仲正氏の思想的批判書は、僕のような大衆に読まれることを、自ら否定するような自己言及的な構造になっているのだ。
そのことに気づいて、僕は自分には『デリダの遺言』や『思想の死相』を、少なくとも「真剣に」読む権利はないし、同じ理由で、高橋哲哉氏のサヨク的言行を批判する権利もないと思い直し、買わずに置いてきた。
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