ルーマン「機能と因果性」精読(3)

引き続きルーマンは機能主義的説明を根拠付けようとする努力の3つめの事例を取り上げる。
「3.この問いをさらに究明する前に、説明問題についての3つめの回答が関心をよせるに値する。グールドナーは機能的相互性の概念の助けをかりて解決策を探している。彼は機能自体は決して機能の作用を説明できないという認識から出発する。したがって彼は問題を一つ高い水準に移す。より多くのシステム間の関係という水準だ。機能的作用はふつう一方向的なものではなく、2つ、あるいはそれ以上の多方向の交換の枠組みの中で提供され、そうした交換の枠組みが、関係する諸システム(人格、集団、組織)に存続に必要な作用を供給する」
この3つめの事例では、一つのシステム内部で機能主義的説明を完遂しようとすると、どうしても特定の結果の特権化による因果論的説明を免れない点をふまえた上で、複数のシステム間の機能の相互作用という観点を導入している。
「しかしこの考え方もわれわれの問題の解決にはならない。単に問題の位置をずらすだけだ。まず、このような考え方は、欲求による動機づけがあること、あるいは、個々のシステム内に均衡維持メカニズムがあることを前提として、それらが交換の働きを制御すると考える。したがって、すでに述べたようなさまざまな困難につき当たる。加えて、システムの存続と相互作用の確保を、作用の交換を規則づける一つの『市場』としての上位システムに依存したものにしてしまう。この交換システム自体はその存続が保証されているわけではなく、引き続き必要な個々の作用が提供される想定を十分に根拠づけるものではない。したがってグールドナーは、次のような問題に答えないままになっている。つまり、下位システムはどの程度交換によって存続しているのか。どの程度「補完的メカニズム」(つまり機能的等価物)がその代理となるのか。どの程度交換が役立たないのか。そして最後に、交換システム全体と個別システム全般が存続するのかどうか。ここでも事象の因果論的複雑化だけでは十分な説明根拠にならない」
ルーマンはシステム間の相互作用という説明にも満足していないようだ。
「こうした熟考に共通した根拠となる考え方は、ここで問題となっている因果的科学の機能理論において、特定の原因と特定の結果の間に不変の関係を確立しようとしても成功しないということだ。というのは、それ以外の可能性を排除することに失敗するからである。機能的作用があるシステムの存続をもたあすのは、存在論的に存続が確保されるということではない。つまり『存在、および、存在しないものではないもの』の確立を確保するわけではないのだ。しかし存在しないものと他の可能性を排除することは、存在論的思考前提の枠内にとどまる因果的説明すべてに共通した原理となっている」
ここにいたってルーマンが因果的説明を批判する理由がはっきりする。因果的説明にもとづく機能主義は、いったん特定の原因と特定の結果の間に不変の結びつきを確立すると、それ以外の可能性を原理的に排除してしまう。
そこには存在論の欺瞞的な側面があり、それは現に存在しないものの存在を排除するということだ。ここではまだ明確に書かれていないが、むしろルーマンは、存在しないもの、つまり潜在的なものが、いつでも存在するようになる可能性自体に、システムの存続の根拠を見出そうとしている。
「以上の論述は、マリノフスキーやパーソンズ、グールドナーの機能主義理論を批判するものではない。ただ彼らの機能主義的理論と、一般的な意味での因果論的科学の標準的方法の間の違いに注意を促したいだけだ。伝統的な因果論的実証主義に立脚するとき、ナーゲルやヘンペルとともに、機能主義的理論の欠点に対する反論を解決し、機能主義的理論が厳密な学問性の要求を満たしていないことを確立しようとする傾向がある。しかしその違いを別の方向へ解消することも、同じように正当だといえる。つまり、伝統的因果論的科学の説明方法の有用性に異論を唱えることもできるのだ。しかしそれには機能主義的分析に固有の意味が、原因と結果の間の不変の関係を確立する因果論的科学の規則から独立して、うまく定式化できることが前提となる」
ここから先、ルーマンは機能主義の因果論に対する相対的な有効性についての議論を離れ、機能主義の内在的な正当化へと議論をすすめる。
(つづく)