クリーニングでズボンなくされ後味悪し

都内の下町に越してから、チェーン店のクリーニング屋が近所にないので、自営の店を利用するようになった。店番はお世辞にも愛想が良いとはいえない老婦人で、たまにお嫁さん(娘さん?)のこともあった。
お嫁さんのときには釣銭を台の上に投げ出されたことさえあり、料金が安いから仕方ないと思いつつ毎週末洗濯物を出していた。
ところが、今月最初の日曜日に出したスーツの下をなくされてしまった。会社帰りに引き取りに行くと、しばらく店内をさがしまわったが見つからないのだ。
仕方なくその週末にまた取りに行くと、もう少し探したいので4~5日後に来てほしいとのこと。そしてふたたび引き取りに行くと、やはり紛失したようなので、クリーニング代の10倍で勘弁してもらえないかという話が来た。
あまりの金額の低さに納得できず、帰宅してインターネットで調べた結果、クリーニング生活衛生同業組合の事故賠償基準というものがあった。
スーツの下だけを紛失された場合、スーツ全体が着られなくなるが、賠償範囲はスラックス部分だけだという。それでも同業組合の基準からして、店の提示した金額は安すぎる。
その店が東京都の同業組合に加盟していないことも分かり、基準にもとづいた交渉が難しそうなので、区役所の消費者センターに電話してみた。
センターの対応はとても親切で、10分後、折り返しの電話で、同業組合の基準にもとづいた賠償基準金額を連絡してもらえた。また、まずは自分で交渉することを勧められ、交渉のやり方についても細かく助言があった。
翌日クリーニング店に行き、センターに相談したことを正直に伝え、助言どおりに交渉した。しかし店番の老婦人はわずかに高い金額を提示しただけで、それ以上ゆずろうとしない。
やむを得ず店の了解をとって、消費者センターにあっせんに入ってもらうことにした。消費者センターに交渉の結果を伝えてあっせんを依頼すると、一度あっせんに入ると当事者どうしの直接交渉はできなくなること、また、今からすぐ店に連絡するとの返答。
その言葉どおりおよそ30分後、センターから結果の電話が入った。そのクリーニング店は個人商店で顧客が限られており、他の洗濯物に混じっている可能性が高いので、今月いっぱい捜索の時間としてほしい。それでも見つからなければ金額交渉に入る、とのことだった。
そういうわけで今月末まで回答待ちとなった。
こちらには何の落ち度もなく、スーツを一着損した。店番の老婦人は言葉は荒げないものの、まるで賠償を要求する方がおかしいという口ぶりで、胃が痛くなるほど不愉快だった。反対に、区役所の消費者センターの対応は、予想以上に迅速かつ親切で、とても心強かった。
ただ、この件で東京の下町に住む難しさを考えさせられた。
狭い路地が入り組み、老人の世帯主が多い下町に、突然こぎれいな賃貸マンションが建つ。そして僕のようなよそ者が、都市郊外の生活スタイルそのままに引越してくる。
つまり、近所づきあいは一切なく、ほとんど家と職場、スーパー、繁華街の往復だけで生活するというスタイルだ。
それに対して狭小住宅のクリーニング店は、昔からそこで商売を営み、同じように昔からその地に住む老いた世帯が固定客になっている。
そこへ価格が安いというだけで僕のようなよそ者が新しい顧客になる。他の常連は洗濯物を出すついでに店番の老婦人としばらく立ち話して帰るが、こちらは用が済めば1分もかからず店を出る。
おそらく他の客は洗濯物をなくされても、日ごろの付き合いのよしみで安い額をのむだろうし、長く着たものならタダで済ませるかもしれない。
こちらが被害者なのに後味の悪さが残る、東京の下町である。