なつかしい言葉「アダルトチルドレン」

『新世紀エヴァンゲリオン』テレビシリーズを最終話まで見終えた。YouTubeに日本語音声のままアップされているのが奇数話だけなので、残りの偶数話はどうしても有料ストリーミングサイトで観ることになってしまう。
GAINAXが意図的に奇数話だけ残しているのだとすれば、そこそこうまいYouTube活用法だが、本当にGAINAXがやっているのなら、3の倍数話だけ残すくらいのことはするだろう。
ご承知のように、すべての敵を倒した後の最後の2話は、「人類補完計画」と呼ばれる登場人物の内面描写に終始している。これを見ながら、当時「アダルトチルドレン」という言葉が流行したことを思い出した。前米国大統領のビル・クリントンも、自分のことをアダルトチルドレンの一人だと告白したことが、当時話題になったと記憶している。
しかし今となってみれば、アダルトチルドレンも見事につかの間の流行語で、誰も使う人はいなくなった。というより、実は誰しも幼児性をのこしたまま大人になっているのではないか、子供から大人への成長過程に、不連続性を見る発達心理学の考え方そのものが間違っていたのではないか。
子供のころ思っていた三十代後半は、じっさいにそうなってみると驚くほど子供っぽい、というのは、誰しもが思うことだろう。むしろ一つの人格の中に、子供の頃からずっとつながっている無数の線と、大人になってから生まれた無数の線が、並行して走っていて、その束がその人の人格だと考えるのが自然なのかもしれない。