水越恵子は一発屋アイドルにあらず

引越してからAMラジオの入りが悪くなったので、寝入りばな、やむなくFMばかり聴いている。土曜日の深夜、NACK5という埼玉ローカルのFM放送で『WEEK-END PARTY~forever young~』という番組があることに最近気づいた。題名から想像がつくように、40~50代向けの番組で、一か月ほど前はキャンディーズの元プロデューサーがゲストで、たまたま聴いた昨日のゲストは、なんと水越恵子だった。
と言っても、スマッシュヒットになったサードシングル『ほほにキスして』しか知らなかったのだが、谷村新司がカバーした『Too Far Away』がもともと彼女のサードアルバム『アクエリアス』の収録曲だったことを初めて知った。
彼女は山梨県の信用金庫に勤めていた19歳のとき、友人となかば冗談で応募したアイドル発掘番組『スター誕生』の県予選に、思いがけず勝ち残ってしまう。
しかし、彼女は高校時代から友人とアマチュアバンドを組んでおり、東京の決勝で歌った曲も明らかにアイドル路線ではなく、年齢も高めということで、どのレコード会社からも声がかからずに終わった。
ところが、その後しばらくして、とある事務所から勤務先の信用金庫に直接電話があり(当時一人暮らしをしていた彼女の部屋には電話がなかったらしい)、叙情フォーク系の新人として売り出したいので上京してくれないかと誘いがあったらしい。
上京した彼女は事務所の言うままに、その事務所の養成所出身の奥谷美保子とフォークデュオ「姫だるま」を結成し、当時のかぐや姫などと同系統の叙情派フォーク曲『道祖神のある坂道を』でテイチクレコードからデビューした。
姫だるまという名前は、彼女自身の談によれば、前髪を切りそろえ、二人そろって顔が丸かったので、お姫様みたいなだるまということで事務所が付けたのだろうとのこと。『道祖神のある坂道を』のジャケット写真を見ると分からないでもない。もう一つは、おそらく「かぐや姫」を意識した名前でもあったのだろう。
ただ、奥谷美保子は事務所の意図どおり叙情派フォークのシンガーソングライターだったのに対して、水越恵子のバックグラウンドは飽くまで洋楽だったため、奥谷美保子が姫だるまのマネージャと結婚したのを期に、2枚目のシングル『吉田川』を最後に解散した。
『吉田川』は明らかに『神田川』を意識したタイトルだが、奥谷美保子の作詞・作曲によるもので、水越恵子の作詞・作曲した『流れるままに』はB面になっている。おそらくデビューシングルの『道祖神のある坂道を』も奥谷美保子の作品で、B面の『恋人の条件』が水越恵子ではないだろうか。
姫だるま解散の翌年、1978年に水越恵子はシングル『しあわせをありがとう』でソロデビューすることになる。このデビュー曲は歌唱法も含め、同じニューミュージックでも荒井由美の都会的センスより、中島みゆきを連想させる。
本格的なブレイクは3枚目のシングル曲『ほほにキスして』だが、アイドル的な曲調で大ヒットになり、コンサートの観客がいきなり「ヤンキーの皆さん」(本人談)ばかりになってしまったことに、かなり戸惑いを感じていたようだ。
大ヒットの後、彼女はテレビ番組への出演を控え、アルバム制作とコンサートを中心とした活動にシフトしたため、当初の「大人のニューミュージック」を指向するファン層がもどってきたという。

とくにサードアルバム『アクエリアス』の最後に収録されている『Too Far Away』は、シングルカットされているわけでも、特別なキャンペーンをしたわけでもないのに、結婚式のキャンドルサービスのBGMなどとして少しずつ全国に広まっていき、ついには谷村新司がカバーするまでの隠れた名曲となっている。
NACK5の番組の中でしきりに強調されていたのは、ソロデビュー当時の水越恵子のルックスの良さが、『ほほにキスして』で「アイドル一発屋」的なイメージを定着させてしまったのではないかということだった。たしかに彼女のことを、1980年代にはロサンジェルスでアルバム制作をしたり、TOTOと共演したこともあるアーティストだと認識している人は少ないのではないか。
最近では、日経新聞や読売新聞で、ダウン症児の一人息子を女手ひとつで育てていることで再び知られるようになっているが、番組では最新アルバムの発売が歌詞の書き直しで延期になっているといった、妥協を許さない女性アーティストとしての変わらない側面も見せていた。
その他詳細は彼女自身の著書『神さまレイくんをありがとう』を直接あたって頂くのがよいだろう。
ちなみに韓国のUNという男性デュオも『Too Far Away』をカバーしていたようだ。韓国POPSにまったく詳しくない僕には、UNが誰なのかわからないが。
また、YouTubeを検索すると、安倍なつみまでが『Too Far Away』をカバーしていることがわかる。しかも来週発売の新曲としてで、インターネット上の解説を読むと、どこもかしこも「谷村新司の1988年の曲のカバー」と書かれてある。オリジナルは水越恵子なので、皆さんお間違えなきよう。