川本隆史著『ロールズ―正義の原理』

現代思想の冒険者たちシリーズ、川本隆史著『ロールズ―正義の原理』を読んだ。宮台真司と宮崎哲弥の対談書でおすすめ文献になっていたし、これまでどちらかと言えば理論的な哲学書ばかり読んできた僕にとって、実践的な理性、倫理学の領域はまったく未知だったからだ。
アリストテレスについては『形而上学』は通読したが、『ニコマコス倫理学』はまったく読んでいないし、カントにしても『純粋理性批判』は通読したが、『実践理性批判』は1ページたりとも読んでいない。
それでいきなり現代思想家のジョン・ロールズは飛躍がすぎるかもしれないが、この入門書はそれなりに面白かったし、予想どおり少しだけ退屈だった。退屈だった理由は、本書がジョン・ロールズのダイジェストでしかないからであって、入門書が本質的にもっている限界だから仕方ない。
ただ、本書は時間があればぜひ『正義論』をじっくりと読みたいと思わせるだけの説得力を持っている。
僕らは何が正しくて、何が間違っているのかを論じるときに、共有できるものが少なすぎる。そのため、ジョン・ロールズが批判している「直観主義」で場当たり的な判断を下してしまう。また、個人間に多少格差があっても、全体の総和としてより良くなればOKと思ってしまう。これもロールズが批判する「功利主義」だ。
ここで以前ご紹介したことのあるリバタリアニズム、つまり、国家の介入は最小でよく、あとは個々人が自分自身の幸福をとことん追求しさえすれば、最終的にすべてうまくいくという考え方も、ロールズが厳しく批判する考え方だ。
何が正しいかを根気強く考えることをやめたとき、僕らは直観主義や、功利主義、リバタリアニズムなど、「わかりやすい」考え方に流されてしまう。それに対してロールズは、善の前提としての正義、公正としての正義を非常に慎重な足取りで解明している、らしい。「らしい」というのはロールズの著書を1ページも読んでいないからだが。
しかし、そういうロールズの『正義論』と、宮台真司が理論的な基礎としている社会システム論の明快さが、どうして両立するのかが理解できない。それを理解するためにも、ルーマンの『社会システム理論』とロールズの『正義論』はぜひ通読したいのだが、残念ながら集中して読めるような時間はない。いつになったらそのための時間をとれるのだろうか。