今さらながら飯島愛の引退について(2)

ただし、一連の飯島愛の引退番組でやはり気になったのは、AV女優時代のことがまったく触れられなかった点だ。今日の『ウチくる』でも、幼少時代とテレビタレントとしてデビューして以降のことしか触れられず、その間にあるAV女優時代について一切言及されなかった。
僕と同年代の男性の多くは、おそらく彼女のことを人気のAV「単体女優」として初めて知り、後にテレビに出演しているのを見て、「AV女優から『脱がないタレント』というキャリアパスもあるんだ」と驚いたのではないか。
この「愛と苦悩の日記」ではあまり僕個人の性的な話題は取り上げないが、彼女がセーラー服姿で出演する女子校生もののアダルトビデオの映像の記憶が鮮明に残っている。僕がまだ大学生のころに見たビデオだ。
村西とおる監督と黒木香の登場から、ソフトオンデマンドというAV制作会社にいたるまで、良かれ悪しかれAV業界は少しずつ「市民権」を得てきているのだから、飯島愛がここまで徹底して元AV女優という経歴を、少なくともテレビの画面上からは抹消しようとしている理由は何なのだろうか。
引退の最後までAV女優時代をテレビ上から抹消しつづけたことは、彼女と同じ道を進もうとしていたAV女優たちの未来を否定することになりそうだ。
例えば及川奈央などは(わかる人にしかわからない名前で申し訳ない)、飯島愛には遠く及ばないにしても、ある程度のタレントとして活躍したかもしれないが、その道はほぼ閉ざされたと言っていい。
もしかすると飯島愛は、AV女優からテレビタレントというキャリアパスを自分で最後にするために、意図的にAV女優という過去をテレビ上では抹消したのかもしれない。
つまり、彼女のファンである少女たちが勘違いをして、テレビタレントになる手段としてAV女優を目指す愚行に走らないよう、たとえAV業界からの非難を浴びようとも、あえてAV女優は恥ずべき職業だというメッセージを伝えているのかもしれない。
彼女が個人的な名誉のためだけにAV女優という過去を抹消するとは考えづらいし、彼女自身、風俗産業の女性たちや、その予備軍の少女たちに与える影響の大きさを自覚しているだろう。
「AV女優は恥ずべき仕事だ」という保守的なメッセージを意図的に発しつづけることで、少女たちが安易に風俗産業に身を投じないようにしているのだろう。それが元AV女優から、図らずも売れっ子タレントになってしまった自分の社会的責任だと考えているのではないか。
彼女は芸能界引退後もブログは続けるようなので、思い出したときにはのぞいてみたい。まだ30代半ばなのだから、大久保松恵としてはさまざまな展開があるに違いない。AV女優時代から彼女を見ている同世代の人間として、彼女の新しい生活が幸福なものであればいいと思う。