今さらながら飯島愛の引退について(1)

基本的に「テレビっ子」である僕の、お気に入りのバラエティー番組、『サンデージャポン』『金曜日のスマたち』『ウチくる』をこの2週間ほど見ていたおかげで、飯島愛の引退を何度も目にすることになった。
飯島愛が芸能界から引退したところで、僕の日常生活が大きく変わるわけではないし、引退の本当の理由が彼女の腎臓の病気かどうかなど、はっきり言ってどうでもいいことだ。
『金スマ』では女性占い師が登場して、本人が公表を控えている別の理由があることが示唆されていたが、そもそも芸能界から引退するのに、もっと言えば、人が何かの決心をするのに、唯一の本当の理由など存在しないだろう。何らかの事態が起こる理由は、つねに後知恵でしかない。
半年もたてば飯島愛が多くのレギュラー番組をもつ売れっ子タレントだったことも、「そういえばそんなタレントもいたね」程度の話題にしかならないだろう。一般人にとっての芸能界はそもそもそういうものだ。
にもかかわらず、彼女の引退の場面を見て、僕がある種の感慨にふけり、もらい泣きまでしてしまったことには、いくつかの理由がありそうだ。
一つは単純に同世代ということ。子供のころのメディア経験が共通している。『ガンダム』や『銀河鉄道999』などのアニメ、80年代のビルボードチャートを賑わせた洋楽、おニャン子くらぶ、などなど。
バブル時代に入ってしまうと、同じ東京生活でも、彼女は「不夜城」六本木を遊びまわり、こちらは東京大学で腐っていたという、日向と日陰の対照的な生活になっているが、同世代の文化的背景は共有している。
そして、二つめはもっと本質的な点。高度経済成長を達成し、豊かさのあまりこれから進むべき方向性を失った日本社会で、小学生として自分の将来を決定しなければならなかったことだ。
今日初めて飯島愛のブログを流し読みしてみたのだが、彼女は小学生のころ、地元の亀有から四谷まで塾通いをして中学受験を目指していたという。僕も大阪の下町出身だが、平々凡々たる家庭の子供でも、80年代は高学歴が明るい未来を約束するという神話がまだ生き残っていた。
おそらく彼女も、どの中流家庭にもあった親の期待にこたえようとしたが、中学受験の段階でつまずき、中学、高校と完全なアノミー(何のために生きているのかわからない状態)に陥ったに違いない。
僕のほうは中学受験に成功し、中高一貫の進学校に入学し、大学受験にも成功した結果、ずいぶん遅れて大学生になってから完全なアノミーに陥ってしまった。それが大失恋の時期と重なったため、いまだに後を引くほど大きな影響を人生に残している。
世間の大多数の1970年代生まれの人たちは、高度経済成長の後の豊かな社会で、そこそこの幸福はそれほど苦労しなくても手に入るという現実に、疑問を抱くことなく適応し、小市民的幸福に埋没した家庭を築いている。
しかし、僕らの同世代には、当たり前に幸福な自己像を素直に受け入れられない人たち、宮台真司の最近の用語で言えば「超越系」の人たちがいたということだ。
そして飯島愛、というより大久保松恵さんは、たまたま中学生にして既に当たり前の幸福に疑問を抱き、他方、たとえば僕のような人間は、たまたま20歳になって初めてそのことを切実な問題として突きつけられたということだ。
自分のやっていることが常に「つくりもの」でしかないこと、自分が好んでそうなったというより、やむを得ずそうなってしまったという感覚、そういう感覚に日々とらわれている人がいる。

彼女はベストセラー『PLATONIC SEX』について、大槻ケンヂに「好きなように生きてきただけじゃん」と指摘され、笑って肯定したそうだ。大槻ケンヂに指摘されるまでもなく、すべての自伝が多かれ少なかれ「つくりもの」であり、自分の人生など本当はわざわざ言あげする価値もないということを、いちばんわかっていたのは、おそらく彼女自身だったに違いない。
自分の言行が、言う端から、行う端から、大して意味のない凡庸なものに思えてしまう。でもそれを自虐的にまぜっかえしてごまかすこともまた、責任ある大人の言動ではないこともわかっている。
そういった、根拠のない罪の意識をベースにした自意識過剰の悪循環から、すっきりと脱出することができない心性を、同じ1970年代生まれとして、僕は彼女と共有しているのではないかと思う。
>>自意識の悪循環に疲れたこころを癒す歌声