札幌的人情派ナルシシズム

札幌に初めて滞在した。体質的に飛行機に乗れないため、東京との間は列車で片道10時間かかる。そのため、前後の丸一日を移動日にあてる必要があり、他の皆さんが一泊するところを、僕だけは前泊、後泊と、計3泊せざるをえなかった。おかげで空いた時間に札幌の大通りからすすきのにいたる繁華街の雰囲気は、だいたいつかむことができた。
他の皆さんは会社が用意した、中心街からタクシーで5分ほど離れた大型ホテルだったが、僕だけは比較的繁華街に近いアパホテル札幌に泊まった。その大型ホテルは地方都市にありがちな、下手に西洋かぶれしたリゾート風ホテルで、館内は新古典主義とマグリットを足して二で割ったような、奇妙な大型絵画がいくつも飾られ、豪華絢爛なのだが、一歩ホテルの外に出ると、川向こうのさびれた町でコンビニの一軒さえない。
他方、アパホテル札幌は、清潔で機能的なビジネスホテルが好きな僕にとって、結果的に正解だった。他の皆さんは、部屋のインターネットが使えないとこぼしていらっしゃったが、アパホテル札幌は全室にLANコネクタがあり、ケーブルまで備え付けられている。
ノートPCさえ持参すれば、IPアドレスは自動取得設定、デフォルトゲートウェイもDNSも設定なしで、つなぐだけで高速回線が使えた。部屋の中をさがすと、韓国製の冷蔵庫の側面にHUBが磁石で貼り付いており、まだ2つ差込み口があいていたので、もう2台接続できるのかもしれない。
シングルで予約したのだが、なぜかツインルームのシングルユースになっていたので、部屋もユニットバスも広々と使えた。しかも朝食バイキングが3日分ついて、平日夜は1泊4,1001円、最後の土曜泊のみ5,600円で、3泊しても13,800円という格安の宿泊費だ。
札幌にはアパホテルが4軒あるが、僕の滞在したアパホテル札幌は、最近全面改装されたばかりらしく、内装はとても清潔で気持ちよかった。
暖冬の東京から札幌に着いて、いちばん驚いたのは最高気温1度という寒さだが、さらに驚いたのはホテルの部屋の暖かさだ。空調なしでも十分快適で、いちばん弱く空調を入れてみると暑すぎるほどだった。
寒さ対策のせいか、窓にあるのはカーテンではなく木の引き戸だった。特急北斗や白鳥の車内もそうだが、北海道の暖房はどこへ行ってもとてもよく効いていた。唯一の例外は研修会場となった先の大型ホテルの宴会場だった。
アパホテル札幌は、すすきののいかがわしい歓楽街からは程よく離れているが、東に向かって歩くと、すぐに地下鉄南北線の大通り駅とすすきの駅を結ぶメインストリートや、狸小路という東西に伸びるアーケード商店街に出られる。札幌の街は多くの地方都市がそうであるように、しばらく歩くとすぐに人気がなくなるが、アパホテル札幌はちょうどその境界線上にあった。
地下鉄南北線の大通り駅とすすきの駅は、南北に伸びる地下街で結ばれていて、寒さを避けて一駅分歩ける。この地下街の途中で地上に出ると狸小路で、古い作りのファッションビルの前に出る。
このビルはティーン向けの安くて派手めのストリートファッションがほとんどで、最上階にはユニクロが入っていた。ただ、意外なことにそのユニクロの下の階が、丸ごと「まんだらけ」なのには驚いた。同人誌ファンのヲタクや腐女子の皆さんにはおなじみの、あの「まんだらけ」である。東京でいえば渋谷109をエレベータで上っていくと、突如「まんだらけ」のフロアが現れる感じだろうか。
10万円以上の値がついている少年漫画誌の古書から、女性向け、男性向けそれぞれの18禁同人誌、エロゲー女性キャラクターのフィギアと、ストリート系ファッションビルには明らかに違和感がある。しかしこの近辺にはアニメイトの店舗もあったので、南北線と狸小路の交差するあたりは、札幌のヲタクの聖地なのかもしれない。
ところで、札幌市街を歩いていると、交差点の歩道の四隅に、緑色をした郵便ポストのようなものが必ず立っている。有名な話かもしれないが、滑り止めの砂の貯蔵箱らしい。
さすがに中心街はきれいに雪かきされているが、そこから数分離れると歩道のわきに雪の山が凍っている。昼間の日差しで解けた根雪には、滑り止めの黒い砂がまざっているので、滑らかに凍っている場所はほとんどなく、普通の革靴でも転びそうになることはなかった。
札幌に着いた翌日、飛行機で札幌入りする他の皆さんと合流するまでの時間をつぶすべく、ホテルから件の大型ホテルまで30分以上かけて歩いてみた。
寒風吹きすさぶ七条大橋を歩くのはつらかったが、遠くにスキーのジャンプ台がある大倉山が眺められ、東京よりも確かに空は広かった。ただもっと寒かったのは、件の大型ホテルの周囲に、時間をつぶすコンビニも喫茶店もなかったことだ。
やむなくタクシーにワンメーター乗ってすすきのにもどり、ロビンソン百貨店近くのロッテリアに入った。マクドナルドが、パリに行ってもマクドナルドなのと同様、ロッテリアはどこへ行ってもロッテリアだ。
店にあったリクルートの無料の住宅情報誌を開くと、札幌から一駅の新築マンションが90平米超で2,000万円台と東京に比べると格安だった。でも繁華街から10分も歩くと人通りがまったくなくなるような街に僕は住めない。
札幌は南北に整然と区画整理されていて、車道も名古屋並みの広さだが、あまりに「雑音」のなさすぎる街だ。歓楽街として有名なすすきのも、歌舞伎町のような猥雑さがない。
たとえば、地下鉄南北線のすすきの駅改札を出ると、ロビンソン百貨店の地下入口があり、スターバックスの店舗がある。週末の夜には待ち合わせの若者たちがたむろしている。
その前に、一見、観光案内所のような小さなブースがあるのだが、実はこれ、風俗店の案内所なのである。スターバックスの真向かいに風俗店の案内所。この直截さが札幌らしさなのだろうか。
また、街角の清涼飲料水の自動販売機で、すべての商品が「つめたい」になっている機械が少なくなかったのが、初めは不思議だった。むしろ全商品「あたたかい」でもいいくらいの寒さなのに。
しかし自販機でじっさいに「あたたかい」ココアを買ってその理由がわかった。温かい缶ジュースを買っても外気が0度近いので、あっという間に冷めてしまうのだ。逆に効きすぎるほど暖房の効いたホテルの部屋にいると、冷たい飲み物が欲しくなる。なるほどと納得した。
二日目は午前中で研修が終わったので、テレビ塔、時計台、赤レンガ庁舎と、大通り公園の東側の観光地をぶらぶらした後、ふと旭川動物園まで足を伸ばそうと思いついた。しかし札幌から片道一時間半かかり、冬季の開園時間を調べると行っても仕方なさそうだと分かったので、市内の円山動物園に行くことにした。
こちらは大通り駅から地下鉄東西線で5分しかかからない。ちなみに札幌の地下鉄は東京、大阪、名古屋のどの地下鉄とも車両の規格が違うようで、乗った感じの空間に違和感がある。何よりゴムタイヤで走っているのが最大の違いなのだが。
円山動物園は意外に面白かった。何が面白いと言って、冬季は寒さで屋外に出せない動物がほとんどなので、キリン、シマウマ、ゾウ、ライオン、トラなどの定番の動物たちが屋内展示になっているのだ。
キリン、シマウマ、ライオンなどアフリカの動物たちは、暖房のよく効いた大きな体育館のような建物の中に仕切られた檻で飼育されていた。暖房の効いた屋内ということで、臭いはそれなりにするのだが、キリンのような大型動物を屋内で見るのは、かなり奇妙な感じがした。
屋外で見られるのは、ペンギン、シロクマ、ニホンザル、アシカ、アザラシ、鳥類などに限られている。たまたまアシカ、アザラシの餌の時間に行き当たったのはラッキーだった。アザラシは餌のシシャモを水槽のどこへ投げても、素早く泳いで食べに行く。犬にボールを拾いに行かせているようで面白い。
屋内展示のおかげでガラス越しに至近距離で見られたのがビーバーだった。目の前のガラスに前歯を立て、前足をばたつかせるが、つるつる滑って無駄に終わる、ということを何度もくり返すので、ガラス越しにビーバー君の前歯とつぶらな瞳をクローズアップで堪能できる。
どこの動物園にもある、お子様向けのふれあい広場では、埼玉県の東武動物公園以上に小動物たちに接近できた。ヒツジやヤギは寒さのせいか動きが鈍いので、こちらが至近距離まで近づいても、壁に身をよせたり地面に丸まったまま動こうとしない。
携帯電話のカメラはかなり広角なので、動物の顔をアップで撮影しようと思うと目と鼻の先まで近づく必要があるが、それでもヒツジやヤギが逃げることはなかった。
その後、地下鉄で大通り公園にもどって二条市場に行ったが、午後の中途半端な時間だったせいか客が僕一人しかおらず、気づいてみると歩道にずらりと並んだ店員たちが、僕に毛ガニを買わせようと待ち構えている。逃げるように帰ってきた。
また、すすきのの「新らーめん横丁」にある名店「もぐら」で、どんぶりからはみ出すほどの大きな焼き豚ののった味噌ラーメンも食べてきた。
土曜日の昼間、市街地でタクシーに乗ったときかかっていたAMラジオで、「晤郎さんのラジオを聞きたいがために北海道の大学を受験することにした」というリスナーの長い長い手紙が紹介されていて、その日高晤郎とかいうパーソナリティーの感情たっぷりの語り口に、何だかんだ言って札幌はやはり田舎なのだなぁと感じたのだが、同じ土曜日の夕方に入った上述のラーメン店「もぐら」でも同じラジオがかかっていた。
後でホテルにあった新聞のラジオ・テレビ欄で調べると、何と朝8時から夕方5時までの長時間番組なのだ。しかも「もぐら」で聴いたときには、リスナーからの手紙を紹介した後、堺正章の『街の灯り』を歌いだす始末。その歌とてお世辞にもうまいと言えるものではなく、わざとメロディーを伴奏に遅らせて情感たっぷりに歌い上げている。
歌が終わると森進一の改変『おくふろさん』問題に触れ、マスコミの面白半分の報道に踊らされず、歌手と作家のどちらが悪いということでもなく、客観的に見るべきだと、熱く語っていたが、下らない芸能スキャンダルに大げさな哲学を論じるあんたこそ自分を客観的に見るべきだろうと、心の中でツッコミを入れた。
この日高晤郎という人物、この歌唱力でディナーショーを開催しているらしい。おそらく地元では昔から有名で人気のあるラジオパーソナリティーなのだろうが、この「人情派ナルシシズム」とでも表現すべき性格は、大阪でも、東京でも、名古屋でも見られないものだ。
大阪ではこんなナルシシズムは即座に「つっこみ」で相対化されるし、東京では自分で自分をすかしてしまうのが「粋」というものだし、名古屋人はそもそも自己陶酔できないほど東京や大阪に負い目がある。
そしてこの日高晤郎という人物の人情派ナルシシズムは、明らかに松山千春や鈴木宗男と共通する。自分の人生哲学の正しさに疑問の余地も抱けないほど自己愛が強い男。これこそ北海道的な男らしさのステレオタイプなのではないか。
大阪人の僕にはこの人情派ナルシシズムにはついていけない。日高晤郎氏が話すそばからツッコミを入れたくなってしまう。やはり北海道は東京とも大阪とも名古屋とも違う土着の、イリイチ風に言えばバナキュラーな文化があると実感できたラジオ番組だった。
初めての札幌滞在について思いつくままの乱筆乱文お許し下さい。