往復20時間の列車による札幌出張

しばらくブログの更新を怠っていたのは、東京都内への引越しで多忙だったためだが、荷造り、荷ほどきの筋肉痛も癒えないうちに、札幌まで往復20時間の列車の旅を強いられることになった。
いきなりの出張命令の行き先が札幌で、こちらは飛行機に乗れないものだからしかたない。飛行機に乗れない人間もいるという事実を初めから無視する会社と、飛行機に乗れない僕と、どちらに問題があるのか。
ドイツのサッカー選手だったか、飛行機に乗れないために辞めざるを得なかったとかいう記事を読んだ記憶があるが、それほど簡単に結論を出せる問題ではない。
札幌までは意外にもたった二回の乗換えで済む。東北新幹線「はやて」で八戸まで。そこで特急白鳥に乗り換え、海峡トンネルをくぐって函館まで。そして、二度目の乗換えで札幌に到着する。
暖冬の東京では今日にいたるまで見られなかった雪景色は、青森県に入ったあたりから眺められる。そもそも四捨五入で40歳の年齢にして、北海道を訪れるのは初めて、列車で仙台以北まで出るのも初めてだ。
なので、八戸を出た特急白鳥が、途中の青森駅で進行方向が逆になることも知らなかった。隣の席のおじいさんにひじをつつかれて、座席を回すジェスチャーをされたので周りを見ると、皆さんペダルをふんで座席をぐるりと回転させ、方向転換に備えている。
東北新幹線「はやて」が狭軌が広軌かは知らないが、乗りなれた東海道新幹線と同じ一列5席なので違和感はなかった。しかし、八戸で特急白鳥に乗り込んだ第一印象は「狭い!」だった。しかも平日の午後なのに、ほぼ満席である。
ただの特急白鳥ではなく、「スーパー白鳥」だからかもしれないが、内装はとても清潔で、車両両端の窓側席には、東北新幹線にさえなかったパソコン専用電源までついている。
しかし明らかに在来線規格の車両なので、左右2席ずつの一列4席でも、車内はかなり狭く感じた。在来線特急なので当然なのかもしれないが、走行中はそこそこ左右に揺れる。
ただ、自動車やバスには酔っても、列車には絶対に酔わないので、一面の雪景色の中を、それほど速度の出ない特急列車に揺られるのは悪くない。車内の空調もよく効いていて、車窓から日が差し込むと、むしろ暑いくらいだ。また、こんなにこじんまりした特急白鳥にも、ちゃんと車内販売があり、「有機栽培のコーヒー豆を使った」ホットコーヒーも飲める。
ここまで書き進めるうちに、いつの間にかスーパー白鳥は海峡の長いトンネルに入った。このトンネルに入るまで、いくつも短いトンネルをくぐるのだが、入り口にさしかかるたびに白鳥は警笛を鳴らした。
走行距離と所要時間は比例せず、海峡まで来ても時間的にはまだ全行程の6割ほどで、函館から札幌までは思ったより時間がかかるらしい。往路だけならまだ旅行として楽しめるが、帰りも丸一日かけて同じ道のりを戻らなければならないと思うと、少々うんざりする。
旅程に飽きている分、車内での読書用に持参した広松渉『弁証法の理論』と、ルーマンの『社会システム理論』英訳書の一部の複写がはかどるかもしれないが、一介のサラリーマンが今さらそんな本を理解して何になるのか。
列車は吉岡海底駅を通過し、北海道に上陸してしばらくは、小さなトンネルをいくつもくぐりながら海岸線に沿って走り、函館に到着する。札幌に向かう特急北斗はたまたまホームの向かい側で、白鳥と同じ4席の車両だが広々している。指定席車両の空席も目立つ。
中国人の若者4、5人の旅行客がそれぞれに大きなスーツケースを転がしてにぎやかに乗り込んできた。そのうち一人の女性のスーツケースは、ド派手なピンク色のミッキーマウス柄だ。
北斗の車内は広々して良いのだが、とにかくモーターの騒音がひどい。始終、床下からビリビリという振動とともにうなりが響いてくる。それに左右の揺れも白鳥号の比ではない。
しばらく北斗に乗っていてわかったのだが、架線なしで走っている。どうやらディーゼル車のようだ。先ほどまで乗っていた白鳥の車内の静けさと差がありすぎる。
なお、特急北斗にもちゃんと車内販売があるので、乗換え時に駅のキヨスクであわてて菓子類を買い込む必要はない。空調もよく効いて、セーターを着たままだと少し暑いくらいだ。だからというのではないだろうが、車内販売はアイスクリームと冷製のレアチーズケーキも売りに来る。
モーターの騒音が気になりながらも、車窓の風景はますます北海道らしい雄大な白銀のパノラマになり、さらに行くと、今度は冬の澄んだ空を映す海沿いを走る。そして再び内陸の広大な景色になる。
道央に行けばスケールはこの比ではないのだろう。今回の列車による札幌出張、普通に往復乗車券と各特急券を買うと往復45,000円ほどになるが、周遊券があるはずだと調べてみたところ、案の定、「ぐるり北海道フリーきっぷ」というものがあった。
北海道に入るまで途中下車はできないものの、JR北海道内までの往復乗車券、東北新幹線を含む特急普通指定席券、JR北海道全線乗り降り自由で5日間有効という内容で、通常期なんと35,700円という安さだ。
JR北海道全線乗り降り自由であることを考えると、「時は金なり」ということわざをひとまず忘れるとすれば、スカイマーク・エアラインの割引切符で東京、札幌を往復するよりはるかに安上がりだ。
今回も時間さえ許せば、追加運賃なしで旭川まで足をのばして、例の旭川動物園を見てくるというミーハーな北海道ツアーも可能なのだが、残念ながら出張の終わった翌日の日曜日には再び一日かけて帰途につかなければならない。
札幌へ向かう車窓の景色は、オレンジがかった青の夕景に変わりつつある。