NHKで老醜をさらした堺屋太一と丹羽宇一郎

日付が変わってもう昨晩になるが、NHK総合テレビの「団塊の世代」をテーマにした一般視聴者参加討論番組に宮台真司が出演していた。
今後は理論構築の仕事に重点を置いていくといいつつ、依然として精力的に「世直し」モードの活動もしているのだなぁと敬意を表しつつしばらく見ていたのだが、見るに耐えず、途中でチャンネルを変えてしまった。
なぜ見るに耐えなかったのかと言えば、宮台真司や慶應義塾大学教授・金子勝に比べて、堺屋太一や伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎がバカでもわかるキレイ事ばかりしゃべって、まったく議論のレベルがかみ合っていなかったからだ。
宮台真司はとにかく勉強量で堺屋太一を圧倒している。自説の裏付けとなるリファレンスの量が圧倒的に多く、かつ、妥当なのだが、堺屋太一や他の出演者、スタジオにいる視聴者もまったく彼の話についていけていないのだ。
誰も彼の話をまともに受けとめて議論できないので、画面上、宮台真司が単に自分の知識をひけらかしているようにしか見えなくなってしまう。ビデオニュース・ドットコムでビデオジャーナリストの神保哲生と宮台真司の議論がかみあっているのとは好対照だ。
金子勝は堺屋太一と同じ経済学をバックボーンとして議論するのだが、堺屋太一が団塊の世代の「明るい老後」とも表現すべき理想論を、さしたる根拠もなく振り回すのに対して、金子勝は非常に現実を冷静に見ている。
例えば、大企業はここ数年間、定年延長の一方で若年層の労働者を非正規雇用化してきたが、金子勝は、企業が定年延長という選択肢を持つことで、世代間の政治的な力の不均衡が露呈した事実を正視して議論していた。
それに対して堺屋太一は、定年延長が団塊の世代にとって人生の選択肢を広げることになった、という楽観的理想論しか語ることができない。伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎も堺屋太一と同じく理想論、建前論ばかり語っていた。つまりは年長世代の自己正当化理論ばかりを語っていたということだ。
まさに泥臭い現実を正視せず、自らの行為を正当化する理論構築しかできないこの種の人物が、経済政策の決定に大きな影響力を持っていたり、財界で発言力を持っていたりするからこそ、日本は若者にとって閉塞感しか抱けない社会になってしまっているのではないのか。
そのことをまったく分かっていないからこそ、堺屋太一や丹羽宇一郎のような人々には第一線から引退してもらわなければならないのだ。だからこそ「定年」という制度は必要なのだ。
しかし堺屋太一や丹羽宇一郎がそのことを理解する日は来ないだろう。