キャンディーズ『GOLDEN☆BEST』批評

毎朝通勤電車の中で聞いているMP3プレイヤーの中には、まだキャンディーズの2枚組ベストアルバム『GOLDEN☆BEST』が入ったままだ。

『あなたに夢中』から『微笑がえし』までのシングルを音楽的に分析すると、『あなたに夢中』をはじめ、田中好子がメインボーカルだった初期のシングル群は、ザ・ピーナッツの妹分としてのコーラスグループ色が強く、一曲中で三人がハモっている小節数の割合がとても高い。
例えばファーストシングル『あなたに夢中』では、Aメロの冒頭から、伊藤蘭のメロディーに藤村美樹、田中好子が順にハーモニーをかぶせていき、最後までハモったまま歌われる。Bメロでは田中好子がメロディーを歌い、残りの二人がバックコーラスとなる。この曲はAメロ、Bメロしかないので、一曲を通して三人が常にハモっている。
よく言われるようにキャンディーズの転換点は、メインボーカルが田中好子から伊藤蘭に入れ替わった5枚目のシングル『年下の男の子』だが、この曲ではまったく正反対に、伊藤蘭が一曲を通してメロディーを歌い続け、残りの二人はBメロで「ハウ・ハウ」という目立たないバックコーラスと、二度目のAメロで伊藤蘭に合わせてユニゾンするだけ。
この曲もAメロ、Bメロしかないので、一曲を通してほぼ伊藤蘭がメロディーを歌っているだけなのだ。『年下の男の子』の二番煎じである『内気なあいつ』も状況はまったく同じで、藤村美樹、田中好子はバックコーラスに徹している。
キャンディーズのコーラスグループ色が復活するのは森田公一作曲の『ハートのエースが出てこない』で、この曲はサビから始まるが、ここで三人がいきなりハモっている。Bメロでは『あなたに夢中』のAメロ同様、ハーモニーがかぶさっていく展開になる。この曲はAメロ、Bメロ、サビという構成で、Bメロとサビで三人が迫力のあるハーモニーを聴かせる。
ところが次の9枚目のシングル『春一番』ではふたたびコーラスが後退する。ただ、この『春一番』という曲、ちょっと聴くと何でもないようでいて、かなり前衛的でミニマルな名曲だ。
コーラスは二度目のAメロの「春ですねぇ」の部分だけに意図的に限定されていて、それ以外はひたすらユニゾンのみ。しかも三番の歌詞は一番の使い回し。
その上、一番の中の構成がAメロ/Aメロ/Bメロ/Aメロとなっており、最後のAメロの繰り返しを含めると、一曲中Aメロが10回も使い回されている。「POPミュージックは反復である」という本質に忠実なヒット曲だ。
ただしよく聴くと一曲を通して伴奏に電子楽器が使われている(左のヘッドフォンから聞こえる)。また、一番の歌詞を使いまわしている三番の冒頭は、いきなり伴奏が電子楽器とドラムスだけにしぼられる。
ライブ映像を観ていても、この三番の冒頭、伴奏がドラムスと電子楽器だけになる部分は、『春一番』の反復の中でも独特のアクセントをもたらしていることがわかる。
次のシングル『夏が来た!』は『春一番』の二番煎じで、キャンディーズのシングルには非常に珍しく、歌詞が男言葉の男目線になっていること意外に特記すべきことはない。ユニゾンとコーラスのバランスも凡庸である。
『哀愁のシンフォニー』はキャンディーズのシングル中、唯一の三木たかし作曲作品のせいか、曲の展開が他になくドラマティックで、『春一番』のようなミニマルな作品の対極にあると言える。特にサビの「こっちを向いて/涙をふいて」という部分は、それまでの曲展開から予想できない劇的な盛り上がりで意表を突く。
藤村美樹が初めてメインボーカルをつとめた『わな』は、キャンディーズのシングル曲中ではあらゆる意味で異色だ。音楽的にはどうでもいいことなのだが、個人的にはサビの部分の、藤村美樹のやたらとキレのいい振り付けが素晴らしい。
『微笑がえし』は改めて何も書く必要はないので、その次にメンバーの意図に反して発売されたというシングル『つばさ』。イントロがオーボエで始まり、オーケストラ伴奏で終曲に向かって劇的に盛り上がるという、涙なくして聴けない感動の一曲だ。
作詞は伊藤蘭で、新しい人生に旅立っていく自分たち自身を主題にした内容。しかも間奏部分に伊藤蘭からファンへの感謝をこめた「語り」入り。
「・・・私たちは自分たちのことをまだ大人だとは思っていません。人間としてもまだまだ未熟で、たとえれば小鳥のようなものです。でも、私たちは、私たち自身の『つばさ』で飛び立ちたくなったんです。さみしくないと言ったら嘘になります。でもその勇気を下さったのは皆さんです。ありがとう・・・」
終曲では突然アップテンポになり、『春一番』のサビの引用で終わるという、やはり泣かせる一曲だ。
この2枚組ベストアルバム『GOLDEN☆BEST』にはその他にも気になる曲がいくつかある。1枚目の最後には『キャンディーズ1676日』という11分04秒にもわたる大曲が収録されている。この曲の製作経緯はよく分からないのだが、間奏に主要なヒットシングルのメロディーがひととおり引用されていて、曲全体が三部に分かれている。独立した三つの曲を無理やり一曲にしたような感じだ。
その一曲目はミドルテンポのしっとりした曲、二曲目はアップテンポで歌詞の中に「イエスタデイ」「イマジネーション」「コミュニケーション」「センセーション」「メイクアップ」「テイクオフ」「イルミネーション」など、英語がやたらと織り込まれているのが特徴。
三曲目はストリングスとギターのアルペジオ伴奏のゆったりしたバラードで、『つばさ』に雰囲気が似ている。『つばさ』はマイナーコードだが、こちらはメジャーコードでサビの三人のコーラスが非常に美しい。
そして三曲目が終わった後、この三曲目のAメロをかすかに聞こえる寂しいピアノが若干ジャジーな編曲で奏でて、そのままフェイドアウトするという、意外なほど雰囲気のある終曲となる。この『キャンディーズ1676日』を聴くためだけでも『GOLDEN☆BEST』を聴く価値があると言ってもよい、秀逸な一曲だ。
2枚目の収録曲の中でどうしても気になる一曲は、何と言っても『インスピレーション・ゲーム』である。曲調はAORなのだが、歌詞が阿木燿子ならでは。全くアイドルグループらしくない、とんでもないシュールさなのだ。引用してみる。
「ブラックコーヒー/日曜日/スポーツ中継/アメラグ/ウェストコースト/太陽/砂浜/青い瞳の金髪娘/ビキニ姿の金髪娘/A ha ha A ha ha/あとは言えないよ/A ha ha A ha ha/あとは言えないよ」
別に僕はアイドル評論家でも何でもなく、POPミュージックもミニマルミュージックの一種として分析的に聴きたいだけなのだが、キャンディーズのこのベストアルバムは何度聴いても飽きのこない不思議なアルバムだ。