三崎亜紀『となり町戦争』(集英社文庫)

三崎亜紀の『となり町戦争』が文庫化(集英社文庫)されたので読んでみた。小説すばる新人賞受賞作品で、公刊時の評判もよかったので期待をもって読み始めたが、現代の日本人にとって戦争というものがもつリアリティが、非常にうまくフィクションに昇華されていた。
戦時中の日本人にとって、戦争は明日の自分自身の生死に直結していたに違いないし、冷戦時代の日本人にとって、最終戦争としての核戦争(第三次世界大戦)は、やはり自分の生死に切迫した脅威と感じられたに違いない。
しかし現代の日本人にとって、戦争はつねに遠くで音もなく進行しており、いつ始まったのか、いつ終わったのか、今も続いているのか、つかみどころのない漠然としたものになってしまっている。
にもかかわらず、極東の防衛上の要衝に位置する米国の同盟国として、日本は実際には米国の世界的な軍事戦略にしっかりと組み込まれている。イラクに派遣された自衛隊に犠牲者は出なくとも、イラクで戦死する米兵やイラクの一般市民は石油利権というかたちで、日本人の生活に実は密接に関係している。
この、派手な爆撃音やプロパガンダもなく、いつの間にか日常生活のすみずみにまで浸透している、遠くの国の戦争という、現代の日本人にとっての戦争のリアリティが、とても巧妙にフィクション化されているのが、この『となり町戦争』だ。
主人公と町役場の女性職員とのやや感傷的な挿話についてだけは、僕としてはこの作品の中にどう位置づけていいのかよく分からなかった。とりあえずは、ラブストーリーでもなければ、この哲学的な「戦争小説」を読み進めてくれない読者のための、感情的なフックとして、著者が準備したものだと考えておこう。
戦争という事実のもつグローバルな側面とローカルな側面、言い換えれば「遠さ」と「近さ」を、となり町との戦争というフィクションにうまく織り込んだ佳作だ。