一介のサラリーマンにできる「公的貢献」とは

昨夜はビデオニュース・ドットコムで、京都立命館大学収録の第292回マル激トーク・オン・ディマンド「ちょっとみんな元気ないんじゃない」を延々と観ていた。
立命館大学はビデオニュース・ドットコム主催者の神保哲生氏が、学生向けのゼミを持っているとのことで学生との討論形式なのかと思ったが、じっさいには、前半は宮台真司と神保哲生が時事ネタについて中身の濃いかけ合い漫才をやるという、ゲストなしのマル激トーク・オン・ディマンドと同じ展開で非常に参考になった。
とくに「日本が近代を脱するためにはまず近代化しなければいけない。そのためのリソースとして利用できる数少ない既存の資源が、象徴天皇制である」という「転向後」の宮台氏の主張がわかりやすく展開されていた。
そして、マル激トーク・オン・ディマンドがインターネット・ニュースメディアとして唯一黒字の会社であることを知って驚いた。それと同時にマスメディアに対するオールタナティブとしてのインターネットの可能性に希望を感じた。(その意味でも梅田望夫の『ウェブ進化論』は皮相な議論だ)
ただ、一介のサラリーマンとしてまとまった自由時間がない僕にとって「公的な貢献」をする方法が、じっさいには選挙で投票するくらいしかないことに絶望的な気分にもなる。
宮台氏の議論に最近よく出てくる顕教(大乗仏教)・密教(小乗仏教)論、つまり、真の民主主義を確立するには、一般大衆が民主主義を信奉する(=大乗仏教)だけではドイツのワイマール共和国のように、国家全体主義を呼びよせる衆愚におちいるだけなので、裏で少数のエリートが民主主義を制度として維持する(=小乗仏教)必要がある、という議論のことだ。
宮台氏の学術用語をまじえた議論を完全に理解できるという意味で、僕は密教を担う最低限の資格はある。大学をレジャーランドとして過ごした大多数のサラリーマンとは、はっきりと違う人生を歩んできている。
ところがそんな僕でも一介のサラリーマンになってしまえば、「有能な人間ほど仕事が増える」というサラリーマン社会の法則にしたがって、マイペースで仕事をする同僚の手に余る仕事をすべて拾い上げなければならない状況に置かれる。
宮台真司氏の議論を完全に理解できるのに、日本の真の近代化のために公的貢献をする時間もなく、そのためのコネづくりができるような環境も既になく、絶望的な気分で日常生活を送らなければならない。
現時点でできることといえばこうしてブログを書くぐらいなのだが、自分のITスキルを活かしつつ、子供向けに「密教」的な教育を提供するような私塾を起業することが、ほぼ唯一の可能性として残されているかもしれない、と考えたりもする。
最後にこの第292回マル激トーク・オン・ディマンドでもふれられていた、小室直樹『日本人のための憲法原論』をあらためておすすめしておく。