劇場版『幻魔大戦』(1983年)

昔の話ばかりで申し訳ない。「大川ゼミ」のある天王寺駅まで通う阪和線の中、小学生の頃の僕が毎日読みふけっていたのは、星新一や筒井康隆のショートショートと、平井和正の『幻魔大戦』(当時は角川文庫)だった。
最近、近所の図書館で『幻魔大戦』を探したところ、角川文庫版の蔵書はなく、角川文庫2冊分が1冊ずつにまとまった集英社文庫版の全10巻しかないのが残念だった。角川文庫版のあの官能的な挿絵が好きだったのだが。
今日、偶然、新聞のテレビ欄で見つけてNHKBS2の劇場版アニメ『幻魔大戦』(1983年角川映画)を観た。主人公の東丈の声を古谷徹がやっていたとは知らなかったが、今観るとさすがに荒唐無稽な超能力の物語で退屈する。
キース・エマーソンの音楽は、なにしろ今でもMP3プレイヤーの定番に入れているほど、主題歌の『光の天使』こそ素晴らしいが、戦闘シーンには全く不釣合いに間延びしている。
それでも当時、劇場で観てそれなりに感動したのは、おそらく僕のシスターコンプレックス(現実には僕に姉はいない)のど真ん中を射抜いたからだろう。主人公の東丈を母親代わりに育てた姉が、強姦を連想させる方法で東丈の目の前で幻魔の手先に殺されるという場面に、小学生の頃の僕がのめり込まないわけがない。『銀河鉄道999』のメーテルに夢中になっていたのも、同じシスターコンプレックスのせいだ。
アニメに詳しい人なら大友克洋のキャラクターデザインや、金田伊功の電光の演出などだけでも十分に楽しめるのだろうが、残念ながら今の僕にとっては完全に失われてしまった何ものかの痕跡でしかない。そもそも痕跡とは不在を指し示すものなのだから、それ自身が充実している必要はまったくない。痕跡はそもそも虚しいものなのだ。