Macintoshの新テレビCM、ダサさの極地

Macintoshの新しいテレビCMシリーズ、スーツ姿のいかにもサラリーマン然とした黒縁メガネの男性が左、カジュアル・ファッションでリラックスした語り口の男性が右に立ち、かけ合いの中から左側の男性の「ダサさ」を浮き彫りにするという内容だが、左側の男性がWindows、右側の男性がMacintoshを象徴していることは明らかだ。
しかし、この「カッコよさを主張する」という右側の男性のコミュニケーション・スタイルそのものが、日本で言えば1980年代のバブル的なものであり、今、こうしてテレビCMのかたちで見せられると、いかにも時代錯誤でダサダサなのだ。おそらく糸井重里ならこのMacintoshのテレビCMシリーズを、現代日本の時代性とかけ離れたものだとして、まったく評価しないだろう。
逆に、このMacintoshのテレビCMに感情移入する人たちは、「カッコよさを主張することが、2006年の現代においては実はとてもダサいのだ」ということをまったく理解していない、時代錯誤の「バブル崩れ」たちだと言える。いまだに「イケてることを主張することはイケてる」という無反省なバブル精神にどっぷりつかっている人々なのである。
この時代錯誤のMacintoshのテレビCMに比べれば、Microsoftがいま展開している明らかに企業向けのテレビCMシリーズ、つまり、社員一人ひとりの力を引き出すのがITの使命だというテーマのCMシリーズの方が、よほど経済至上主義的な2006年の時代性にぴったり来ている。
MicrosoftのテレビCMの方が優れているということではない。ただ、今ごろ「カッコよさ」や「イケてる」ことをベタに訴えるCMを垂れ流してしまうApple社の時代とのズレこそ、同社がiPodでしか食っていけない企業に成り下がった原因ではないのか。そしてその誤りにApple社はまだ気づいていないらしい、ということがよくわかる。