東浩紀・大澤真幸『自由を考える―9・11以降の現代思想』

東浩紀と大澤真幸の対談集『自由を考える―9・11以降の現代思想』(NHK出版)を読んだ。世界貿易センタービルへのテロが時代の画期になっているのかどうかは明確ではないが、環境管理型社会の進展につれて「自由」という概念のもつ意味がまったく変わってきていることが、はっきりと理解できる本。
僕らが「自由」という言葉からふつうに考える「自由」というものは、本来できるはずのことが、何らかの制約があってできない、というものだけれど、現代の「自由」はそれとはまったく意味が違ってきていて、「自由」を求める主張がとても難しくなっている。その困難さを、この二人の対談はあざやかに解き明かしている。
対談集ということで、途中、二人の話がどんどん脱線していく部分もかなり楽しめる。とくに『スタートレック』について延々と脱線する部分は、『スタートレック』のコアなファンならたぶん相当楽しめるはず。
ただ、個人的には大澤真幸がやたらと弁証法的な思考形式を展開するところが、やや鼻についた。東浩紀も対談の随所で大澤氏の「弁証法グセ」を茶化している。
それにしても、東氏は僕の一歳年下で、僕も毎日のように利用していた教養学部の図書館の玄関にいつも名前が貼り出されていたのを記憶している。たぶん図書の返却期日を過ぎていますよ、ということで貼り出されていたのだと思ったけれど、違ったらごめんなさい。
あれからもう約15年が過ぎて、こちらは思考的な冒険の一切ない、ある意味とても退屈なシステム構築の仕事をしていて、東浩紀氏は現代的な事象をめぐる刺激的で鋭い思考の冒険をつづけている。
この違いが、東氏と僕の人間として出来の違いをはっきりとあらわしている。最近、僕は自分という人間の下らなさを痛感させられる。