須田氏のネット事大主義・第3回

日経ビジネスオンラインのコラム「Web2.0(笑)の広告学」第三回が掲載された。この記事を書いている時点でトラックバックが1件もついていないので、早速ツッコミを入れてみる。
やはり須田氏と梅田望夫氏はよく似ていて、ネットを過大評価する傾向にある。ネット事大主義とでも言えばいいだろうか。
前回、須田氏は、実際にはバーガーキングのPR戦略でしかない取り組みを、YouTubeの新しい広告モデルだと誇大広告したが、今回も冒頭から懲りずに誇大広告を展開している。
米国でドリトスがテレビCMをネット上で公募したことを、「CGM」(消費者が作るメディア)時代の証明だと誇大広告しているのだ。これも実際にはバーガーキングと同じく、話題性によるPR戦略と、CM制作費を賞金1万ドルと安く上げる工夫でしかない。
そして今回のテーマはSNSのミクシィだ。ミクシィの利用者数は570万人で、確かに須田氏の言うように若者にとっては加入していて当たり前のインフラかもしれない。しかし1億2000万人の日本人のうち、たった570万人しか利用していないサービスを「セロテープ」「サランラップ」「ゼロックス」と同列に論じる須田氏の無神経さには言葉を失う。これはネットの過大評価以外の何物でもない。
そしてミクシィのコミュニティーから映画『ホテル・ルワンダ』の国内公開が決まったエピソードで、この映画を「ヒット映画」と称しているが、国内興行成績で一度も10位以内に入っていない映画をヒット映画と言えるかどうかは疑問だ。
しかもこの映画の評判が広がった直接の原因は、この映画のミクシィ内のコミュニティーが、映画評論家・町田智浩氏のブログに取り上げられたからであって、町田氏のブログのメディアとしての権威と認知度によるものだ。
さらにその後、コミュニティーの主催者であった水木氏が、署名活動など、リアルの世界で寝る暇を惜しんで公開運動を進めたからこそ国内公開が実現したわけで、水木氏の情熱があれば、ミクシィでなくても、たとえば5年前のYahoo!JAPANのテーマ別掲示板でも同じことは起こっただろう。
部分的にネットを巻き込んだ口コミというのは、ネットが普及している今、それほど珍しいことではない。『ホテル・ルワンダ』の事例が特殊なのは、水木氏の情熱であって、ミクシィの成功例だからではない。その点で須田氏の議論は完全におかしい。そのため須田氏の議論は、広告がいかにして水木氏の情熱が先導したような「仲間内の盛り上がり」を作り出せるか、という奇妙な展開になっている。
「SNSはユーザが極めてプライベートな感情を交換する場です」という定義も完全に間違っている。ミクシィは「足あと」機能をはじめとして、自分の行動の履歴が参加者にいちいち明らかになってしまうので、実際にはかなり神経をつかう場だ。
そんな場でプライベートな感情を交換しようものなら、たちまち仲間はずれにされてしまう。例えばこのブログのように須田氏のコラムをいちいち批判するような心性は、ミクシィのような仲良しサークルには許容されない。
SNSは決して「ハートとハートのオープンなコミュニケーション」(須田氏はクリエイターのわりに言葉選びのセンスが悪い)ができるような場ではない。気をつかって仲間の機嫌を損ねないように振舞わなければ、誰も仲間になってくれない場である。
そしてファイブミニの広告キャラクターの話が出てくる。こんなキャラクターがあるなんて初耳だったが、この広告コミュニティーを、「ハートとハートのオープンなコミュニケーションを企業がすれば、参加者も応えてくれ」る事例とするのは、須田氏のこじつけもいいところだ。
このバカげたキャラクターのお遊びについてこれる人々が結果としてコミュニティーに残っただけであって、しかも彼らはおそらく「アクダー・マーキン」(悪玉菌)というキャラクタの、下らなさ、バカらしさを知った上で、そういう下らなさに反応する自分の下らなさを楽しんでいるのだ。
決して企業のハートのあるメッセージが消費者のココロに刺さっているわけではない。ここで起こっているのは、対象物の下らなさを知った上で、そんな下らないものに反応している自分の下らなさを楽しむという、高度なシニシズムの遊びだ。
須田氏は消費者をなめている。完全になめている。毎日これだけ膨大で良質な広告や、楽屋オチ満載のバラエティー番組にさらされている消費者が、企業の心のこもったメッセージにストレートに感動してキャラクター遊びに参加するはずがないではないか。
最後に第3回目のコラムは、ミクシィのようなSNSは「マス媒体」と呼べるのか、「マスメディア」の本質とは何なのかという問いで終わっている。須田氏の定義を頭の良い言葉で言い換えると、「マス」とは伝播速度も減衰速度も高いメディアで、ミクシィのようなSNSは伝播速度も減衰速度も低いメディアとなる。
「SNSがパワーを持っていくことは、既存のマスメディアにどのような影響を及ぼすのか?そもそも『マス媒体』『マスメディア』の本質とは何なのか?」という須田氏の問いに答えよう。
SNSは趣味趣向の同じ人間を出会わせる媒体にはなる。例えば『エウレカセブン』好きの人間を出会わせる媒体にはなる。しかしその一人ひとりが『エウレカセブン』と出会うのはマス媒体である。このようにSNSとマス媒体は補完関係にある。
つまり一定数の消費者が飛びつくネタを提供できるのはマス媒体しかない。そして同じネタに反応した人々が、今までなら専門誌や同人誌、イベントでしか出会えなかったが、今はネット上のコミュニティーで地理的制約・時間的制約を超えて効率よく出会える。
『ホテル・ルワンダ』も米国で本当の意味でヒットしたからこそ(=マス媒体)、日本にもそれに反応する人々がごく少数だが生まれた。彼らがミクシィで出会って、有名映画評論家のブログ(=マス媒体)を利用することで、日本国内にも一定数のコミュニティーを形成できた。
このことが糸井重里の「ほぼ日」(=マス媒体)で話題になることで、さらにコミュニティーを広げ、最後は映画の配給会社(=マス媒体)でより多くの人にリーチできるようになった。極めつけは日経ビジネスEXPRESSという典型的なマス媒体のインタビュー記事に取り上げられたことだろう。そして須田氏のコラムも同じ日経BP社のマス媒体である。
このようにマス媒体と、ミニコミ媒体(SNS、専門誌、同人誌)はいつの時代も補完関係にある。別にSNSが特別新しいことをやっているわけではない。かつての紙媒体(専門誌や同人誌)と比べると、地理的・時間的効率がいいという「程度の差」があるだけで、「質の差」はない。
だからSNSが時代に本質的な変化をもたらすだとか、広告展開に革命的な変化をもたらすなどといった過大評価は避けなければならない。
さて、ますます連載第4回が楽しみである。