僕の考える安楽死制度とは

安楽死の制度について、僕が想定しているのは例えば以下のようなものだ。
●本人の意思表示があること。第三者の同意が必要だと、かえって誰かの脅迫で安楽死を選ばされる場合が出てくるため。
●安楽死の前に、専用の施設での数週間の生活を義務付けること。その施設は都心や田舎など、異なる環境に複数あり、高級旅館のように快適で、本人が自由に選択できる。
●費用は国家が負担する。国家が、安楽死を選ぶ人を減らす努力をするインセンティブがはたらくため。
●施設にはカウンセラーが常駐し、本人の希望があればいつでも話ができる。
●施設は本人の意思で自由に退所できる。つまり、自由に安楽死をやめることができる。
●安楽死の日をあらかじめ知りたいか、知りたくないかを、本人が選択できる。
●安楽死の方法も、場所、時間帯、一人か集団か、意識のあるままか睡眠中かなど、本人がきめこまかく指定できる。
●あらかじめ知りたくない場合は、本人に予告せずに希望の方法で安楽死させる。あらかじめ知りたい場合は、本人に予告した上で安楽死させる。
●集団での安楽死を希望する場合は、希望が一致する人がいれば、同一の方法で同じ場所で同時に安楽死させる。
むしろこういう制度を作れば、施設に入ってから死を思いとどまる人が増え、自殺者は確実に減るのではないかと僕は考える。
自殺者に「生きろ」と言うほど残酷なことはない。むしろ「死んでもいいんだよ」と安楽死のための環境を用意してあげた上で、ゆっくり考える時間を与えるべきなのだ。

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