「人と違う」ことが苦手な日本人会社員

今日は、日本人会社員は、考え方の多様性を認められないというお話。
僕が某自動車メーカで、外国人部長の下で働いていたころ、同じ部の日本人がつぎつぎと他の部へ希望して異動したり、退職したりということがあった。
外国人部長は高度な教育をうけたとても快活な人で、部下が企画書を持ってくると、良かれと思って、こと細かにアドバイスをする。
ところが、それまで日本人上司の下で働いていた彼らは、そんな風にはっきりと改善点を指摘されたことがなかったので、自分の人格まで否定されたような気分になり、ヘソをまげて上司に対してだんまりを決めこんだり、やる気をなくしてしまったりした。
しかし僕は、その外国人上司ととても馬が合った。僕とふつうの日本人社員は、かなり考え方が違ったようなのだ。
日本人会社員は、上司と自分の関係を「親子関係」ととらえている。したがって上司に対して、「こまやかな心づかい」や「器の大きさ」といった、子どもが親に求めるものを求める。
しかし僕は、上司は対等に議論すべき相手だととらえている。僕が外国人の上司と馬が合ったのは、彼らの考え方に近かったためだ。上司が上司であるのは、単に制度の上で部署を代表する責任を負っているからにすぎない。
別に上司は、部下よりも度量があるからとか、人間的にすぐれているからとかいった理由で、上司になのではない。
日本人の中には、僕のように西欧的な「上司観」をもつ人もいるし、いかにも日本的で儒教的な「上司観」をもつ人もいる。
大事なのは、その多様性を認めることではないだろうか。
日本の会社員は、多様性を認めるのが実にヘタクソだ。「上司はこまやかな心づかいや器の大きさがなければならい」という儒教的な考え方に固執して、違った考え方をなかなか受け入れない。
ひどい場合は、自分の考えが正しいのだと信じきって、僕のように西欧的な考え方をもつ人間の方が間違っているのだと決めてかかる。
そういう日本人が、上述のような外国人上司の部下になると、ちょっと自分の意見を無視されたり批判されたりしただけで、ヘソをまげて、やる気を失い、チームとして成立しなくなるという悲劇がうまれる。
儒教的な考え方の社員ばかりのなかで仕事をしてきた日本人会社員は、ほんとうに「多様性」に弱い。自分と違う考えの人間に対して、とても単純にアレルギー反応を示してしまう。そしてそういう人間の足を引っ張るようなことを、無意識のうちにやってしまう。
そこから、いかにも日本的な仲間意識と、考えの違う人間を排除する「村八分」的意識が生まれる。仲良しグループはとても仲良しで、仲良しグループ以外の人間の行動を、偏った見方しかできず、すべて悪意に解釈する。
いつになったら日本人会社員は、「多様性」を受け入れられるようになるのだろうか。
日本人会社員は、多様な働き方、多様な「上司・部下像」をなかなか認められない。そんな「人と違う」ことを極端に嫌う一般日本人の性格こそが、日本組織の硬直性や、女性にとって勤続しにくい職場、ひいては少子化など、日本社会のあらゆる閉塞感の原因ではないのか。
いろんな考え方の人がいる、ということを受け入れられない日本人会社員は、どこを切っても同じ「金太郎飴」で、ただただ非生産的である。本来は、新しいものは、多様性からしか産まれないのに。

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