OpenLaszloの普及が難しいわけ

最近、リッチクライアント技術を調査していて「Open Laszlo」(オープン・ラズロ)というものを見つけた。米Laszlo Systems社が開発したオープンソースのリッチクライアント開発環境で、XMLに似た言語でコーディングしていくと、最終的にはWebブラウザで表示できるDHTML形式やFlash形式の入出力画面が完成するというものだ。
しかし、この技術、2年後に生き残っているかどうかは微妙である。というより、メジャーな開発言語になるのは絶対に不可能である。
僕は13歳でBASICプログラミングを始めて、プログラミング歴が20年以上になるが、BASICはいまだに生き残っている。C言語もCOBOLも生き残っているし、Javaは今後も生き残るだろう。
そういったプログラミング言語の大河のような流れを考えたとき、Open Laszloのような開発言語が単なる泡沫に過ぎないことは、長くプログラミングをやっているシステム技術者であれば自明な真理だ。
その理由はこうである。プログラミング言語は、それを使える技術者が一定数を超えないと、いくら言語そのもののがすぐれていても普及しないからだ。そのようにして学術研究にしか使われなくなったプログラミング言語は、LogoやLisp(どちらもLisp系か)を初めとしていくつも過去に事例がある。Ingresというデータベース管理システムについても、同じことが言える。
もし、これからOpen LaszloをJavaのレベルまで普及させようとしたら、それこそサン・マイクロシステムズ級の大企業が、潤沢な資金を惜しみなく投じて、少なくとも5年間は大々的な啓蒙活動を続ける必要があるだろう。
残念ながら、Open Laszloを提供している米ラズロ・システムズにそんな資金力はない。サン・マイクロシステムズにはUnixサーバ、ワークステーションの販売という「本業」があればこそ、Javaを育てることができたが、ラズロ・システムズは、ほぼOpen Laszlo専業である。どう考えても、資金力の差は歴然としている。
Javaが登場した時代と、オープンソース・コミュニティーの成熟度合いが違うという反論もあるだろうが、オープンソース・コミュニティーが成熟しているからこそ、Open Laszloのような言語が普及することは、かえって困難になっているのだ。
というのは、Javaが登場した時代に比べると、PHPやRuby、Curlなど、Open Laszloのライバルとなる開発言語がたくさんあるからだ。いったい、社内の基幹システム構築にRubyを採用している大企業が、何社あるというのか(ちなみに『日経ソフトウェア』最新刊のRuby特集でも、Rubyは基幹システム構築に不向きだと明記されている)。
企業のシステム管理者は、開発ツールを「リッチクライアントだから」という理由で選択することはない。作りたいシステムを、どれだけ「安く、早く」作れるかが問題であって、見た目が「リッチ」がどうかは、社内システム開発にとって本質的な問題ではない。
そして「安く、早く」作るにあたって、もっとも重要なのは、その開発言語を使える技術者を、どれだけかんたんに手配できるかだ。Lotus Notes/Dominoの開発ができる技術者は、ご存知のようにとても少なくなっている。すると、この事実がNotes/Dominoの普及を妨げるという、一種の悪循環に陥る。
Open Laszloのような新参の開発言語が、これと逆の好循環にのっかるのは、並大抵の努力ではできない。繰り返しになるが、僕のように20年以上プログラミングにかかわっている技術者なら、ふつうはそう判断するだろう。
ただ、公平を期すために、次の記事でいちおうOpen Laszlo(オープンラズロ)についてかんたんにご紹介したい。