Qマークとは、MVCLとは

家庭教師のトライの「T-1グランプリ」を取り上げたのは、実は「Qマーク」(QEST)について書きたかったからなのだ。Qマーク(QEST)はNPO法人 次世代育成ネットワーク機構という非営利団体が2006/06頃から展開している認定プログラムらしい。
Pマークといえばプライバシーマークだが、それにあやかってQマークと命名したのだろうか。一言でいえば、企業側がスマートに精神病や神経症の患者かもしれない人々を、職場から追い出すための認定プログラムである。同機構のWebサイトから引用する。
「労働環境の変化や、雇用形態が多様化する中、仕事に関する不安やストレスを抱える労働者が増えております。企業にとって、働く人が『こころの健康』を崩すことは、モチベーションの低下、集中力欠如による業務上のミス増加などを招き、生産性の低下につながります。企業の社会的責任の遂行と、生産性向上のためにも、職場環境整備の充実に関心が高まっております。」
これだけ読むと、働く人たちのメンタルヘルスのことを考えた認定プログラムなのかと誤解しそうだが、次世代育成ネットワーク機構のWebサイトのどこを読んでも、精神病や神経症の患者を支援するためのプログラムについては全く記述がない。
「不登校・ひきこもり・ニート支援」のページは他の団体のWebサイトへのリンクがあるだけだし、「少子化支援」のページにいたってはリンクさえない。この2ページが、次世代育成ネットワーク機構が弱者の立場に立った非営利団体であるかのように見せるためだけに用意されていることはすぐにわかる。
そしてQマークの考え方をもとに開発されたらしいMVCL(Mind Voice Check List)という心理適性検査システムが紹介されている。企業が社員を採用選考するときに、適性検査にあわせてこのMVCLを実施すれば、精神病や神経症患者かもしれない人々を排除できるというふれこみである。
この検査を正当化する理由として、「この国の次世代を担う子どもたち」の安全を守ることだと書かれている。そう、家庭教師のトライのような企業が家庭教師を雇用するとき、子どもの安全を守るには、まず精神疾患をもつ人間を排除するのが先決だという理論だ。
おそらく京都の学習塾で起こった例の事件を引き合いに出せば、企業への説得力は倍増だろう。(あの事件の犯人が精神疾患をもっていたなんて聞いたことはないが)
同機構のWebサイトから引用する。
「MVCLは人格障害、精神疾患の有無、犯罪傾向を判定できる、一般向けに開発された日本初の心理適性検査です。」
要するに、精神病患者や神経症患者、イコール、潜在的な犯罪者というわけだ。実にわかりやすいステレオタイプな考え方で、しかも昔からある伝統的な差別観である。21世紀になっても、こんな時代錯誤の差別観を正当化するために、QマークだのMVCLだのといった、もっともらしい仕組みを作って企業に売りこむ人々が生き残っているのである。
MVCLの効果を説明するページには、治験結果を示す棒グラフがあるのだが、その棒グラフにさりげなく「Schizophrenia」「Not chizophrenia」(←スペルミスはそのまま引用させて頂いた)と書いてある。このMVCLという検査の治験は、統合失調症とそうでない人物という分類で行われたのだ。
新たな形での精神病患者への差別、ここに登場、といった観がある。
このMVCLの解説ページには、統合失調症患者自身の弁として次のように書かれてある。
「私たちは、MVCLのようにこころの健康状態を容易に判定できる仕組みを以前より待ち望んでいました。みなさんには、健康診断と同じように定期的にMVCLのチェックを受けることで、早期に心の不安定さを発見してほしいと思います」
では、今まで精神科の医師はどうやって統合失調症という診断を下してきたのだろうか。今まで統合失調症を判定できる仕組みがなかった、というのはウソだ。
たしかに「容易に」判定できる仕組みがなかった、というのは本当かもしれないが、統合失調症を「容易に」判定することに危険はないだろうか。実際には統合失調症でも何でもない人たちが、このMVCLのために就業機会を奪われてしまうということがないと言えるだろうか。
そしてMVCLで「黒」と判定されたために、「なんだか分からないけれど精神病みたいなものの患者」というレッテルを貼られてしまうことがないと言えるだろうか。
この「愛と苦悩の日記」の読者には、就職や転職を考えている人が少なくないと思うが、これは他人事ではない。仮にQマークのような認定プログラムやMVCLのような検査が、説得性をもって企業に浸透していったとしたら...。
実に素晴らしい(もちろん「ヒドい」という意味で使っているのだが)世界でだ。精神分裂病が統合失調症という名前に変わって、精神病は心の病気ではなく体の病気であるという認識が一歩進んだはずなのに、人間は愚かだ。