TBSドラマ『さとうきび畑の唄』再放送を観る

3年前に放送された明石家さんま主演のTBSドラマ『さとうきび畑の唄』の再放送の後半部分をたまたま観てしまった。大阪に住んでいた小学生のころは毎年、夏休みのこの時期になると「戦争展」に行くのが家族の習慣で、年に一回、戦争のことを考えることも必要だろう。
このドラマは、日本軍の行動の理不尽さが際立つ物語になっていることは誰も否定できないだろう。明石家さんま演じる父親をはじめとする写真館の一家の考え方は、軍国主義から一定の距離をおいているので、視聴者がこの一家に感情移入できるように物語が組み立てられている。結果として、報国という大義のためなら日本人どうしでさえ殺し合いをする日本軍の残虐性が際立つのは、当然といえば当然だ。
そして、米国の軍人はすくなくとも民間人と軍人をはっきり区別し、投降した民間人を殺すことはなかったという点も、明確に描かれている。この点でも、民間人と軍人を区別せず、一億国民が総じて殉ずるべきだという日本軍の理不尽さが際立っている。(実際には米軍も空襲や原子爆弾で民間人を大量に殺害しているわけだが)
この種の戦争をテーマにしたドラマや子供向けのアニメでは、おおむね日本軍が悪で、民間人はその犠牲者だという図式が多い。悪という抽象的なものを、日本軍や軍部という実体のあるものとして分離してしまうと、日本軍さえ存在しなければあんなことは起こらなかったのだ、とか、東京裁判でA級戦犯にされたような人たちが存在しなければあの戦争は起こらなかったのだ、などといった、誤ったメッセージを伝えることになってしまう。
あれは軍部が悪かったのであって、日本の民間人は被害者だ、というぐあいに悪を局所化することで、あの写真館の一家をふくむ民間人には何の罪も無かったのだ、というメッセージには、たしかに視聴者にとって一種の安心感がある。
もちろん、冗談にも軍隊を賛美するような人間は論外、というより、単なる人間のクズだが、軍に戦争責任を押しつけておいて、自分たち民間人には何の罪も無いという考え方も、二度と戦争を起こさないために、はたして本当に有効かということを考えてみる必要がある。
『さとうきび畑の唄』のようなドラマを観ると、単純に感動できず、どうしてもこういう違和感が残ってしまう。

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  1. りんたい

    私のバックグラウンド

    私は、1956年(昭和31年)生まれ。幼いときは、1897年(明治30年)生まれの祖母から「お話」をしてもらって寝たものでした。その中に、「空襲が怖かった話」や、「うちのそばに爆弾が落ちて人が飛ばされて死んだ話」なんかもありました。その祖母は、時々「にいにい会」の未亡人仲間のお友達と電話で話したり、旅行に行ったりもしていました。にいにい会のほんとの名前は「二十二期会」であり、陸軍士官学校の第22回卒業生の同窓会であることがわかったのは後年のことでした。その祖父は、1949年(昭和24年)に……