三十年来の難病の原因がセロトニン欠乏

少し前、夜中に目が覚めたので、いつものようにNHKのAMラジオ第一放送『ラジオ深夜便』を聞き始めたら、原因不明の病で三十年間も床に伏せて、ついには自分で食事もとれずにやせ細り、つねに静脈から点滴を打たなければならない生活になったという女性のインタビューを放送していた。『ラジオ深夜便』のファンにはおなじみに、4時台の「こころの時代」というコーナーである。
いまNHKのWebサイトで調べてみると、インタビューをうけていたのは生命科学者であり、歌人でもある、柳澤佳子という人のようだ。タイトルは「生命科学で読み解く般若心経」。インタビューの中で柳澤女史は、三十年間の闘病生活の末に、何かにすがりたい気持ちになり、般若心経に出会ったと語っていた。
いろいろな宗教にふれた中で、科学者であった女史にいちばんしっくりきたのが般若心経だというのだ。その理由は、般若心経が原子論だからだという。女史はそのことを一人で発見し、その後に仏教研究者から裏付けを得たらしい。実際、仏教の開祖であるお釈迦様は古代ギリシアの原子論を学んでおり、仏教には、それ以上細かく分割できない単位という概念がたしかに存在するとのことだ。
僕が興味を持ったのは般若心経と女史の出会いではなく、三十年間、原因が分からなかった女史の難病の原因が、ようやく十年ほど前になって解明されたという部分だった。三十年間も女史を苦しめ、最後には点滴で命をつなぐまでに追い込んだ難病の原因、それはセロトニンの欠乏だったのである。現在、女史はセロトニンを増やす薬、おそらくSSRIかそれに類似した薬だろうが、薬剤による治療でラジオ番組に出演できるほどには回復しているということだ。
要するに脳の病気だったわけだが、セロトニンの欠乏というのは、これほどまでに人を悲惨な生活に陥れるものなのかと、ラジオを聴きながら、あらためてセロトニンという脳内物質の重要性を思い知らされた。そして、SSRIのような、セロトニンの減少を抑止する薬が、人類にとっていかに重要な発明だったかということも再認識した。
ふつうの人は、やっぱり「病気」というと、どうしても消化器だったり、循環器だったり、血液だったりの物理的な異常を思い浮かべ、たとえ脳の病気と言われても、脳の組織が物理的に壊れる病気しか思い浮かべられない。そして人間というものは、体が物理的に壊れる病気でしか、三十年間も苦しむようなひどい病気にならないと考えがちである。
しかし、脳内物質の欠乏だけでも、一人の人間を三十年間も苦しめるような病気を引き起こしうるのだ。人間は最近やっとのことでこの事実を発見し、SSRIのような薬が発明され、柳澤女史のような人がまともな治療を受けることができるようになったのだ。
ところが、いまだに多くの人が誤解をしたままで、体が物理的に壊れない病気は、すべて「心の病気」とひとくくりにし、本人の性格がゆがんでいるからだとか、気が弱いからだとか、考え方が悲観的だからだとか、細かいことを気にしすぎるからだとか、根性がないからだとか、そんな非科学的な考え方しかできないでいる。適応障害で休養されている雅子さまに対するバッシングが、いまだに続いていることを見てもわかる。
しかし、そのツケは、そういう誤解をしている人たち自身が、遅かれ早かれ自分で払うことになるだろう。今日NHKの9時のニュースで取り上げられていた、何か月も疲れがとれない「疲労症候群」にしても、昔は「自律神経失調症」という意味不明の病名で片付けられていた病気にしても、二十一世紀の現代では薬で対処できる病気なのだ。
ところがそれを知らない人は、ある年齢になって、わけのわからない体の不調に襲われたとき、適切な対処ができないまま、病気を悪化させるに違いない。
セロトニンのような脳内物質の異常による病気については、柳澤女史の「告白」のように、まだまだ地道な啓蒙活動が必要だ。柳澤女史とまったく同じ病気で、いまも寝たきりで苦しんでいる人がいる可能性も十分にある。自分の病気には治療法があるのだ、ということを知らないままに、無知ゆえに苦しんでいる人がたくさんいるに違いない。
無知ほど恐ろしいものはないと、柳澤女史のインタビューを聴いて実感した。