伊藤たかみ『リセット・ボタン』と自作の小説(未完)

伊藤たかみという角田光代の夫だという人物が芥川賞を受賞したらしいので、近所の図書館で受賞作の掲載されている文学界6月号を探したが貸出し中だった。Amazon.co.jpでは『ミカ!』が唯一の文庫のはずなのに、近所の図書館にはなぜかその文庫も単行本もなく、幻冬舎文庫に『リセット・ボタン』という書き下ろし作品があったので、そちらをロッテリアで1時間ほどで読了した。
今から6年前、インターネットの自殺サイトが話題になった頃に書かれた作品と思われるが、主人公が昔の恋人の名前を、偶然、自殺志願者の集まる掲示板で見つけたことから物語ははじまる。
主題は自殺についての人それぞれの考え方であり、基本的に自殺は人間の自由であるということが肯定されている。主人公のミサは最後、本当に自殺したのかどうか、分からない結末になってはいるが、自殺は人間の自由であるという考え方は否定されていない。
物語は最後のデパートのトイレの個室に行き着くくだりは、ややご都合主義的だけれど、登場人物の配役がよくできている。自殺についてのさまざまな考え方が、それぞれの登場人物によって表象されているので、全体として自殺をめぐる一種の寓話としてきれいにおさまっている。
人物どうしの距離感は、微妙な共感から暴力的な対立まで、かなり繊細に書き分けられている点がすばらしいと感じた。
ただ、阿部和重のような前衛性はまったくないし、絲山秋子のように純文学と思わせていきなりファンタジーが入り込んでくるような、技巧性もまったくない。『リセット・ボタン』という作品に限って言えば、自殺という重い主題をはかない恋愛の物語で一気に読ませている点で、芥川賞的というよりは直木賞的だ。
自殺志願者が集まるサイトが話題になった頃、実は僕もひとつ物語を思いついて書き始めたが、最後まで書く気力が続かなかった。巨漢の若い女性が人生に絶望して、インターネットで同年代の女性が呼びかけていた、自動車で練炭をつかった一酸化炭素中毒による集団自殺の誘いにのる。
決行日は偶然クリスマスイブで、朝のラッシュと反対方向の電車に乗って、待ち合わせ場所の郊外のファミリーレストランに着いてみると、自分以外の3人は、彼女からすればなぜ自殺する必要があるのか理解できないような、華奢で美しい女性たちだった。
その時点ですでに彼女は残りの3人の同情的な視線を感じたが、軽自動車のバンで決行場所と決めていた山奥へ車が進むにつれて、真冬の車内でひとり汗だくになっている自分の醜悪さに耐え難くなり、おトイレを口実に車から降ろしてもらい、そのまま雪の降り始めた山道をあてどなくさまよい歩くうちに意識を失う。
目覚めた場所は清潔な病院のベッドで、真冬の山中に数日間放置されていたために重い肺炎にかかって点滴を打たれていた。意識がもうろうとしたまま1週間入院して、ようやく自宅に帰った彼女は、ネットでニュースを検索して、クリスマスの早朝にあの山中で残りの3人が集団自殺を遂げていたことを知る。
彼女は死神にさえ見捨てられた悔しさに、今度こそ集団自殺を成功させるためとダイエットを始める。バイト代をジム通いの費用につぎこみ、数十キロの減量に成功。ふたたび集団自殺のサイトを訪問して、女性だけでの集団自殺の呼びかけに参加し、いよいよ決行を明日に控えた夜。
通いなれた近くのコンビニを久しぶりに訪れ、この世の最後の思い出に、巨漢だったころは決まって3箱買っていたチョコチップ入りビスケットを、1箱だけとってレジに向かうと、レジにいた大学生風のさえない男が、「あと2箱はぼくからです」といって、ありふれたラッピングのほどこされたビスケットをいきなり手わたされた。その日はたまたまホワイトデーだったというわけだ。
彼女は憮然としてそのプレゼントをつき返すと、逃げるようにコンビニを出て自分の部屋に帰る。よりによって、ようやく死ねるという前日にこんな風にからかわれるとは。悔し涙が枯れた顔をあげて鏡をのぞくと、そこにあったのは、見なれた醜悪な巨漢の女ではなく、あのクリスマスイブの夜に、ファミレスで自分に冷たい視線を投げても不思議でないような、どこにでもいる華奢な女だった。
彼女は鏡に映った自分の姿に唖然として、涙をぬぐいながら、あわててコンビにへ向かった。おそらく毎日自分が変わっていくのを見ていたであろう、あの大学生風のレジの男から、あのプレゼントをあらためて受けとるためだ。いつの間にか自分が人を傷つける方の立場になっていることに、彼女ははじめて気づいた。そして同時に、自分のような人間でも、人の気持ちを受けとることができるのだということも。
...そういうお話を思いついた。タイトルは『ビューティフル・スーイサイド』で、基本的にハッピーエンドのお話だ。やはり僕個人としては、伊藤たかみ氏のように、自殺を人間の自由だと肯定することは倫理的に難しい。『リセット・ボタン』についても、実際にはミサは自殺などせず、インターネット上で自殺を完遂したかのような演技をしていただけだという解釈をとりたい。