一情報処理研究者のグーグル評

先日、近しい人からグーグルの検索エンジンについて、情報処理の研究者たちの間での率直な評価というものを聞くことができた。例の「ページランク」という検索アルゴリズムは、学術的にはすでにたいしたことはない、陳腐なものらしい。
研究者たちをうならせているのは、むしろ、大規模なサーバ群を、検索結果の整合性や一貫性をそこなわないように、安定稼動させている、その技術の方だという。
ここでもやはり梅田望夫氏の書いている「情報発電所」説が、単なる誇大広告であることがよくわかる。グーグルの検索エンジンは、決して世界中のWebサイトに書かれていることを「理解」している「神の視点」ではない。技術的には陳腐なしくみなのだ。
その近しい人は、グーグルに優秀な情報処理研究者が就職していることを否定はしなかったが、きっと彼らの才能は、ビジネスとして検索エンジンを安定稼動させることや、機能追加していくことに注がれているのであって、グーグルをSF映画に出てくるような、人工知能としての「ビッグ・ブラザー」にすることに注がれているわけではないのだろう。

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