『無敵超人ザンボット3』を観はじめた

『無敵超人ザンボット3』というロボットアニメ(1977年)が、日本のアニメ史上それほど重要な作品だとは知らなかった。僕は小学生の頃このアニメをオンタイムで見ているので、合体ロボット・ザンボット3の外観もおおよそ記憶に残っている。もしかすると超合金のおもちゃを持っていたかもしれない。
ところが今、ブロードバンド放送「ShowTime」のバンダイチャンネルで改めて観てみると、脚本が異常だ。小学生の頃の僕は、おそらくこの脚本の異常さを全く理解せずに、ただ合体ロボットのかっこよさだけにひかれて観ていたのだろう。
脚本の何が異常かと言えば、異星人を倒すために闘う「正義」のヒーローであるザンボット3の搭乗員や、その母艦であるキング・ビアルの乗組員の全員が、一般市民から憎悪されているのだ。今のところ第5話までしか観ていないのだが、それも回を追うごとにその憎悪が増すのである。
その理由は、ザンボット3と異星人の送り出す怪獣ロボット(メカ・ブースト)の戦闘のため、海岸の市街地が壊滅的な被害を受け、ザンボット3の3人の乗組員のリーダー、神勝平(声:大山のぶ代)の親友が、ついには戦災孤児になってしまう。ザンボット3が怪獣もろとも海に落ちてきたときに起こった大波に、両親と妹が呑み込まれてしまったためだ。
第5話では、普通の合体ロボット・アニメと同じような「カッコいい戦闘シーン」のシーケンスと並行して、その戦闘によって引きこされる火災や大波の中を逃げ惑う一般市民が死んでいく様子が克明に描かれる。孤児になったその親友は、廃墟と化した町から、海に浮かぶ母艦キング・ビアルを憎しみに満ちた表情で凝視しつつ、神勝平に対する恨みの言葉を吐き捨てる。そんなカットで第5話は終わる。
これが子供向け合体ロボット・アニメの演出と言えるだろうか。ところが、僕がオンタイムで観て熱中していたくらいで、この名古屋テレビ製作のアニメは、おもちゃメーカーとの相乗効果もあって商業的にかなり成功したらしいのだ。
ここまで書けば既にお分かりかと思うが、この『無敵超人ザンボット3』の監督は、この2年後に『機動戦士ガンダム』を監督する富野喜幸(現:富野由悠季)である。
戦禍に巻き込まれる一般市民の悲劇の深刻さと、ザンボット3や母艦キング・ビアルの乗組員(血のつながった3組の家族)の、時にコミカルでほのぼのした描写の対比もまた異常だ。
同じセルの使いまわしの合体シーンや、カッコいい、言い換えれば安っぽい戦闘シーンをすっ飛ばして、この脚本の異常さを堪能するだけでも、『無敵超人ザンボット3』は十分観る価値のある作品と言える。とくに『機動戦士ガンダム』のファースト時代からのファンの方にとってはそうだろう。