『白蛇伝』『少年猿飛佐助』と『太陽の王子 ホルスの大冒険』

薮下泰司監督・脚本の日本初の長編カラー・アニメーション『白蛇伝』(1958年)について、読者の方から白蛇が美女に化けるという物語類型についての新書『蛇女の伝説』(平凡社新書)をご紹介頂いた。書店で少し立ち読みしただけだが、やはり中国の古い物語だけでなく、ギリシア神話にも起源があるらしい。時間があれば図書館で借りて読んでみたい。
このアニメの翌年に製作された『少年猿飛佐助』(1959年)も少し観てみた。こちらは日本初のシネスコ版長編カラー・アニメーションということだ。監督は同じ薮下泰司氏なので、作画や演出法について『白蛇伝』と大きな違いはない。やはりディズニーのフルアニメーションをお手本にした、なめらかな動画で、キャラクターに「影がない」のがきわだった特徴だ。
「影がない」というのは、例えばキャラクターに左から光が差せば、当然、右側が影になるので、キャラクターの右側の輪郭に沿って、輪郭から少し入った部分が、帯状に少し暗めの色彩で塗られてしかるべきである。70年代以降のアニメを見慣れている僕らにとっては、この「影がない」キャラクターというのは、観ていてかなり奇異に感じる。
薮下演出の「カメラ」(これも繰り返しになるが、アニメなので実際にカメラが存在するわけではない)は、基本的に上下左右のドーリーか、ティルト、パン程度の動きをするだけで、カット割りによるクローズアップはあっても、キャラクターに徐々に「カメラ」が寄っていくズームアップはないし、クレーンにあたる動きもない。
また、俯瞰ショットや「あおり」のショットも極端に少ないし、主観ショットは一つもなかったのではないか。
このように型にはまった薮下演出は、やはり十年後の『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)と比較すると際立つ。『太陽の王子 ホルスの大冒険』は高畑勲が監督し、宮崎駿と大塚康雄が製作を担当している。
良く知られているように、『白蛇伝』や『少年猿飛佐助』のようななめらかなキャラクターの動きは、時間を均等に割って運動を描いているためであって、大塚康雄などのアニメーターはキャラクターの運動をデフォルメするために、意図的に時間を均等割りにしていない。
また、「カメラ」も実によく動く。現実のカメラには不可能な速度でドーリーするし、クレーンも多用される。ズームもあれば、スチルをつなぎあわせるという斬新なシーケンスもある。当然動くキャラクターにも影がついているし、シネスコサイズを存分に生かす大胆な構図も随所に現れる。
俯瞰ショットもあおりもある(そもそも岩男は足元からあおらないことには大きさが表現できない)。また、「カメラ」がわざとキャラクターの動きについていけないかのように、キャラクターがフレームから一瞬外れるカットまである。
個人的にジブリ作品はあまり好きではないが、こうして『太陽の王子 ホルスの大冒険』を観ると、高畑勲、宮崎駿、そして大塚康雄が一つの時代を切り拓いた人たちだということがよくわかる。