原因と結果をとり違えている『ウェブ進化論』のロングテール論

今回は『ウェブ進化論』第三章「ロングテールとWeb2.0」の議論の問題点について考えてみたい。ここではロングテールという言葉の定義は省略する。『The Economist』がロングテールの活用例としてあげていたのは、アマチュアが制作した音楽・映像作品や中古品の流通を拡大したことだ。
一方『ウェブ進化論』では、「ヤフー・ジャパンや楽天のようなサービス提供者が Web 1.0 のままだと、その周辺にロングテール追求の事業機会が生まれないのである」(p.131)と書かれており、明らかに『The Economist』と違っている。
『ウェブ進化論』では「ロングテール追求の事業機会」は、Web2.0へ一歩踏み出すこと、つまり「自社が持つデータやサービスを開放し、その周辺で誰もが自由に新しいサービスを構築できるようになり、そしてまたその新しいサービスのデータやサービスが開放されること」(p.130)によってしか実現されないとしている。
『ウェブ進化論』で梅田望夫氏が考える「ロングテール追求の事業機会」とは、ネット世界の三大法則の第二法則「ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏」、つまり、Googleの「アドセンス経済圏」と、Amazonの「アフィリエイト経済圏」といいうことだ。このような文脈で梅田氏が、APIの開放こそが「ロングテール追求の事業機会」の必要条件と考えているのは当然といえば当然である。
(余談になるが、「経済圏」などという表現をつかうと、まるで他社を排除した閉鎖的な市場ができているかのような誤解をうむので、単にGoogleのアドセンス事業と、Amazonのアフィリエイト事業と書けばいいと思うのだが、梅田氏の過剰なレトリックは自制がきかないようである)
しかし、アドセンスもアフィリエイトも、要するに手数料ビジネスである。Webサイトの運営者が広告を掲載することで、1クリックあたりいくらという仲介手数料を得、Amazonの特定の商品へのリンクを掲載することで、1個売れたら何%という仲介手数料を得る。
それに対して、『The Economist』がロングテールの実例としているアマチュア制作の音楽・映像配信やeBayでの中古品売買は、市場経済がより完全なものに近づいていく数百年前からの発展の延長線上に位置づけられている。
交通手段が乏しかった時代には、市場が存在しても、そこで取引される商品は近隣の産品に限られている。交通手段の発達で、世界中の商品が取引されるようになる。テレビの通信販売はさらに物理的な制約を少なくし、居ながらにして世界中から商品を取り寄せることができるようになった。
しかしそれらはあくまでマスメディアが提供する商品情報だったが、インターネットの登場で、マスメディアが時間の制約上、紹介することのできないマイナーな商品情報も得られるようになり、市場経済はより完全なものに近づきつつある。その一つの現象がロングテールであるというのが、『The Economist』の議論だ。
ロングテール追求の事業機会はAPI公開(=Web2.0化)によってのみ得られるとする梅田望夫氏の議論は、情報流通の劇的な流動化で市場経済をより完全なものに近づけるとする『The Economist』のロングテール論と比較すると、技術的な側面しか見ていないことがわかる。
『The Economist』の議論は、要するに、いままで知ることもできなかったようなマイナーな商品・サービスの情報が、インターネットのおかげで知ることが出来るようになった。それがロングテールだという、読者にとって実感とともに理解できる内容だ。
それに対し、梅田望夫氏のロングテールの議論は、なぜか手数料ビジネスに的をしぼり、APIを公開しなければロングテール追及の事業機会を逸するという限定的な内容になっていて、読者にとってあまりピンとくる内容ではない。
さらに梅田望夫氏の技術偏重の議論は、重要な点を漏らしている。それは『The Economist』が指摘している、ネット事業者間の激烈な利用者の囲い込み競争である。書籍販売ではAmazonのひとり勝ちはほぼ決定した感があるが、現に日本では、楽天に対してYahoo!JAPANが、オンラインショッピングで急速な追い上げを見せている。
ネット事業者にとって、ロングテールの事業機会を追求できるようになるための大前提は、ネットの世界でクリティカル・マスとなるだけの数の利用者を囲い込むことだ。これが『The Economist』でふれられているネットワーク効果のことで、逆に言えば、GoogleやAmazonは、決定的多数の利用者を囲い込むことができたからこそ、APIを開発する資金を得たのであり、そのAPIを無償開放できるのだ。
要するに梅田望夫氏は何が原因で、何が結果かについて、重大な誤認をしているのだ。
梅田望夫氏は、GoogleやAmazonはAPIを公開して、自社の孤島に誰もが橋をかけることを許したから(=Web2.0化したから)、ロングテールの事業機会を追求できていると書いているが、この因果関係の見方は間違っている。
『The Economist』が書いている正しい因果関係は、次のようなものだ。GoogleやAmazonは既存メディアを巧妙に利用して、ネットワーク効果を生み出せるほど多数の(=クリティカル・マスとなる)利用者の囲い込みに成功した。
その結果はじめてロングテールの事業機会を追求できるようになり、「恐竜の首」からだけでなく、ロングテール部分からも莫大な収益を手にすることができるようになった。それによって得た資金でAPIを開発し、そのAPIを無償開放することで、アドセンスやアフィリエイトという新たな事業(手数料ビジネス)に参入できた。
先日は組織論について、梅田望夫氏がその基礎を理解していないためにとんでもない議論をしてしまっていることを指摘した。このロングテールの議論においても、やはり梅田望夫氏は単なる技術屋であり、ロングテールやWeb2.0を「より完全な市場へ」という文脈で読み解けないために、原因と結果をとり違えるという失態を犯している。
梅田望夫氏が『The Economist』のいう極度の楽観論者であるのは、技術的な領域しか見えていないことが一つの大きな原因だということが、以上の議論からもよくわかる。