英『エコノミスト』誌と梅田望夫氏『ウェブ進化論』の対比(2)

さて、『The Economist』2006/04/22-28号の特集「A survey of new media」をネタに、梅田望夫著『ウェブ進化論』の議論の浅薄さを検証する記事の第二回目だ。
「A survey of new media」の第5節はポッドキャスティング第6節はアバターとアマチュア映像作家についての記述だが、特筆すべき面白さはないので、気になる方は直接『The Economist』のWebサイトをお読み頂きたい。
今回とり上げるのは第7節の「ロングテール」現象の議論からである。第7節にはCBS、ウォルト・ディズニー、ワーナー・ブラザーズと、既存のメディア企業に勤務した後、Yahoo!の経営者となったテリー・シーメル氏の発言が引用されている。
シーメル氏は、20世紀におけるテレビの登場より、インターネットははるかに大きな変化をもたらすとし、その変化を2つの点に要約している。一つは利用者が同時にプログラマーであること、つまりは参加型メディアであるということ、もう一つはヒット作が不要なこと。つまりWired誌のクリス・アンダーソンが名づけた「ロングテール」現象のことだ。
シーメル氏はこの2点において、インターネットという新しいメディアは、だんだんと株式市場のようになっていくだろうと語っているようだ。コンテンツの提供者と、それを探す人たちをできるだけ円滑に結びつける働きをする株式市場のようなはたらき。ネット上の中古品売買がその典型だと書かれている。
そして市場というアナロジーは(『The Economist』は梅田望夫氏のように、自らアナロジーを禁じながらアナロジーを使うという初歩的な矛盾は犯さず、堂々とアナロジーをつかう)、「ネットワーク効果」という重要な含みをもたらすと書いている。いったんネットワーク効果が達成されると、それは新規参入者に対する障壁になるということだ。
梅田望夫氏の根拠のない楽観論とは異なり、『The Economist』は自由な交換という「市場」のような性格をもつインターネットが、「ネットワーク効果」を通して寡占・独占状態をもたらす危険性をちゃんと指摘している。だからこそ既存の大型メディア企業はこの「ネットワーク効果」を活用しようと、先を急いで利用者の囲い込みに走るのだと書かれている。
そして「ネットワーク効果」を最大限に活用するために、自社の提供するサービスの「流動性(liquidity)」を最大化する必要がある。つまり、誰もがかんたんにコンテンツや商品を掲載でき、誰もがかんたんに必要なコンテンツや商品を検索・入手できるようにする必要があるのだと。
さて、問題のYahoo!とGoogleの対比論が出てくるのはここからだ。この流動性を最大化する戦略において、Yahoo!とGoogleは対照的な方法論をとっていると『The Economist』は書いている。梅田望夫氏のようにYahoo!を一時代おくれたネット企業とし、Googleに偏った評価を書いているのとはまったく違う。『The Economist』はYahoo!とGoogleについて、梅田氏より公平な評価を下していると考えてよい。
その評価とは、Yahoo!はニューヨーク証券取引所に似ているのに対し、GoogleはNASDAQに似ているという評価だ。その心は、いまだにフロアー上で人間が取引をするニューヨーク証券取引所のように、Yahoo!は生身の人間による編集作業を重視している。それに対して、NASDAQが全ての取引をコンピュータ化しているように、Googleは純粋にコンピュータの計算処理で情報を編集しているということだ。
なんと分かりやすいアナロジーだろうか。「インターネットの意思」「インターネット神への信仰心」(『ウェブ進化論』p.55)などといったあやしげなアナロジーでGoogleを神格化することなく、『The Economist』はYahoo!とGoogleの違いを伝えることに成功している。
『ウェブ進化論』でも宗教的アナロジーぬきのYahoo!とGoogleの対比は、p.92ページから議論されている。『The Economist』で紹介されているのとほぼ同じ論旨だが、この部分では今度は「情報発電所」というアナロジーが議論の正確さを台無しにしている。
この点は『The Economist』の証券取引所のアナロジーの方が適切で、Googleの検索エンジンやページランキングの仕組み自体が新しい情報を生産・編集しているわけではない。ただ人間に代わって情報の流通を自動化・高速化しているだけだ。
そして最後の第8節では、インターネットがもたらす革命とは、いったいどんな種類の革命なのかを、正負の両面で偏りなく考察している。第8節の冒頭で『The Economist』は、一般的に「革命」というもののもつ三大法則をあげている。梅田望夫氏が切り出したネット世界の三大法則と比較すれば、どちらが信じるに値する議論かはすぐにわかる。
『The Economist』の言う革命の第一法則は、およそ革命というものには、熱狂的な人々と、そうでない人々がいるということだ。梅田望夫氏のような種類の人は、『The Economist』の分類ではもちろん前者の「ジャコバン党」のような急進的な人々ということになる。
革命の第二法則は、特定の年号にひもづけられている革命は長続きしないが、固有名詞(ルネサンス、宗教改革、産業革命など)にひもづけられている革命は長期的な影響をもたらすというものだ。この点は梅田望夫氏も『ウェブ進化論』の中で正しく指摘している。インターネットのもたらす変化は、数十年にわたって徐々にその効果をあらわすような漸進的な変化だということだ。
革命の第三法則は、およそ革命というものは、すべてが良くなるとか、すべてが悪くなるとかいったものではなく、その両方が入り混じったものだということ。第8節では特にこの最後の法則について議論が深められている。
グーテンベルクのmovable typeがもたらした「良いこと」は、聖書を誰にでも読めるようにし、ラテン語の支配から各国語を解き放ち、国民国家の誕生を促すとともに、印刷物の配布コストを劇的に低下させたことだと『The Economist』は書いている。
では活版印刷技術がもたらした「悪いこと」とは何か。誰でも聖書が読めるようになったことで、原理主義者の台頭を許し、間接的に宗教戦争の引き金をひいたこと。名作だけでなく、ポルノグラフィーや、『わが闘争』のような大衆煽動の書までもたらしてしまったことだと書かれている。
そして『The Economist』はインターネットという新しいメディアについては、楽観論と悲観論の開きが極端すぎると指摘している。この指摘は的確だろう。梅田望夫氏の本を読めば、その楽観論の極端さは明らかだ。
『The Economist』は悲観論者として、Yahoo!とGoogleの両社に投資しているベンチャー投資家マイケル・モリッツ氏(CNET Japanの記事で梅田氏がその発言を取り上げている)、楽観論者として未来学者ポール・サッフォー氏などの名前をあげている。
そして、参加型メディアの「市場」としての流動性が民主主義を促すとか、逆に若者の国語力を低下させるとか、実際には人々は情報の洪水を前に、量より質、焦点を絞ることの喜びを求めるようになっているなど、さまざまな賛否両論を紹介している。
では『The Economist』の結論は何なのかと言うと、「The honest conclusion, of course, is that nobody knows whether the era of participatory media will, on balance, be good or bad.」(正直な結論を言えば、当たり前のことだが、最終的な帳尻として、新しい参加型メディアが良いものなのか悪いものなのかは、誰にもわからないということだ)
これでは何の結論にもなっていないではないかと言いたくなるが、『The Economist』の記述はここで終わっているわけではない。一見このような平々凡々たる結論で終わるように見せかけて、最後の最後にいろいろと考えさせられる言葉が残されている。
「Joseph de Maistre, a conservative who lived through the French Revolution, famously said that “every country has the government it deserves.” In the coming era, more than ever before, every society will get the media it deserves.」(フランス革命の時代を生きた保守主義者ジョゼフ・ド・メストルは有名な言葉を残した。『それぞれの国は、その国にふさわしい政府をもつ』。これからの時代はいままで以上に、それぞれの社会がその社会にふさわしいメディアをもつことになるだろう)
なるほど。これに照らして『ウェブ進化論』がベストセラーとなった事実を考えるとどうなるだろうか。新書のベストセラーという旧来のメディアによって、はじめて梅田望夫氏のような新しいメディアの楽観論が普及するという事実は、日本社会「らしさ」をよくあらわしていると言える。
楽観的な新メディア論が、旧メディアを通じてしか、広く知られないという逆説。ここに日本社会における参加型メディアの「限界」があらわれているのではないか。