インターネット上の対話が生産的であるためには

残念ながらブログ「北の大地から送る物欲日記」の筆者の方との議論は先方から打ち切りということになったが、以下の点を確認しておきたい。
(1)グーグル自身が、梅田氏のいう「二つの対立した視点」について知っているかどうかを、確かめる手段はない。
(2)まして、グーグル自身が、梅田氏のいう「二つの対立した視点」のうち「後者の視点で世界を眺め」ているかどうかを、確かめる手段はない。
(3)『ウェブ進化論』の中で梅田氏は、上記のことについてグーグルに直接確かめたとは書いていない。
(4)以上のことから、上記は梅田氏独自の意見と考えられる。
(5)そして僕は梅田氏の意見に賛成できない。したがって反論する。
(6)それだけでなく、何が事実で何が意見かをはっきりさせない梅田氏の書き方にも賛成できない。これは情報を持っていない読者に対して卑怯な方法なので、反論ではなく、非難する。
以上の議論を打ち切るためには、「私は(理由はうまく書けないが)梅田氏を信じる」という立場をとるしかない。ブログ「北の大地から送る物欲日記」の筆者の方は、最後のトラックバックでもそのような立場をとられている。
建設的な議論というのは、「すべての意見は間違っている可能性がある」という観点からしか生まれない。ある意見を信じてしまった時点で、今回のように議論は停止し、それ以上何も産み出さない。
インターネットは電子メール、掲示板、ブログなどの技術で、見ず知らずの人間どうしが対話を続ける可能性を産み出した。しかし、その対話を続けるか止めるかは、やはり人間の側の自由な選択である。
止めることを選択すれば、対話はそれ以上何も産み出さない。続けることを選択すれば、たとえば『ウェブ進化論』の場合、梅田望夫氏以外の意見を参考にすることで、梅田氏とは異なる意見を見い出せるかもしれない。
それこそインターネットのもつ民主主義らしさだと、僕は考えている。