梅田望夫著『ウェブ進化論』の「アドセンス」評も完全な間違い

梅田望夫氏は『ウェブ進化論』第二章で、グーグルのアドセンス事業は「全く新しい『富の分配』メカニズム」(p.77)だと書いているが、これも完全な間違いである。
梅田氏は「リアル世界における『富の分配』は、巨大組織を頂点とした階層構造によって行われるのが基本であるが、その分配が末端まであまねく行き渡らないところに限界がある」(p.77)と書いている。
それに対してアドセンスは、個人の小さなWebサイトにも、そのサイトに頻出するキーワードに応じた広告を自動的に表示することで、「リアル世界における『富の分配』メカニズムの限界を超えようとしている。上から下へどっとカネを流し大雑把に末端を潤す仕組みに代えて、末端の一人一人に向けて、貢献に応じてきめ細かくカネを流す仕組みを作ろうとしている」(p.77)というのだ。
どうやら梅田氏は市場経済の基本の基本さえまったく理解していないようである。梅田氏は僕らの住んでいるこの市場経済の世界では、カネは上から下へどっと流れるのだという。かくも不正確な経済観しか持ち合わせていないのなら、梅田望夫氏は決して経済について書くべきではない。自分で自分の顔に泥を塗るだけだ。
梅田氏の書いていることとはまったく逆で、僕らが生活している市場経済こそが「末端の一人一人に向けて、貢献に応じてきめ細かくカネを流す仕組み」そのものである。梅田氏はいったい何を勘違いしているのだろうか。おそらく梅田氏は工学部出身で、社会人になってからも経済学の教科書を一冊も読んでいないのだろう。
市場経済はそのような仕組みを、貨幣流通と価格形成の仕組みを通じて実現している。当たり前のことだが、市場経済に参加するすべての人たちは、すみずみまで一人残らず富の分配をうけている。というより、富の分配をうけることで市場経済に参加している。それも、各人の「貢献に応じて」である。
社会に出て働いていれば、僕らは所属する組織をつうじた社会への貢献に応じたお給料をもらう。子供たちは一般的には養育者から富の分配をうける。定年退職した人たちは年金をもらう。さまざまな事情で仕事につけない人には、社会福祉制度を通じて税金から富が分配される。
もちろん、子供の養育費、年金、社会保障などは、市場経済というよりは「市場経済の修正」と言った方がいいかもしれないが、いずれにせよ僕らの生きている現実のケインズ的な市場経済では、富の分配システムの一部分であることには違いない。
そして分配された富でモノを買ったりサービスをうけたりすることで、その富は今度はモノやサービスを提供する人たちや組織に分配される。富が組織に分配された場合は、その組織の中の給与規定などの分配ルールにしたがって、経営者や従業員にさらに富が分配される。
要するに「カネは天下の回りもの」という至って当たり前のことで、貨幣という形で富は人から人へと循環し、その循環過程にあるモノやサービスの価格は需要と供給のバランスで決まり、循環する貨幣の量は中央銀行が調整している、ということだ。梅田望夫氏が誤解しているように「カネは上から下へどっと流れる」わけでも何でもなく、循環しているのである。
また、梅田氏は富の分配システムを論じるこの箇所で、特異な例を引き合いに出している。
「たとえば時価総額二兆円の製造業ならば、下請け企業群、素材・部品納入企業、販売会社や保守サービス企業など、その企業を中心とした巨大な経済圏が形作られ、地域経済を潤す効果が大きい。その感覚がグーグルには全くない。その代わりに、全く新しいグーグル経済圏をネット上に形作ろうとしているのだが、製造業の経済圏に慣れ親しんだ私たちにはそれが見えない」(p.76)
何も見えていないのは梅田氏の方なのである。大手製造業の下請け企業は、たしかに顧客である大手製造業から富の分配をうけている。しかし、大手製造業を頂点とするピラミッド構造で富が分配されていくという見方は、完全な誤りだ。
なぜなら、その大手製造業は自社製品の消費者(個人または組織)から富の分配をうけるからだ。ここにあるのはピラミッドでも何でもない。さまざまな個人や組織が、おたがいに富を分配しあう網の目(ウェブ)構造である。自社の販売先が購買元でもあるというのはよくある話だ。
大企業が「中心」になって「巨大な経済圏」が作られているわけでは決してない。規模の異なるさまざまな組織と無数の個人が、あるときは組織の構成員として、あるときは一人の消費者として、刻々と変化する網の目状の取引構造を形作っているのである。こんなことは、市場経済学の常識ではないのか。
グーグルのアドセンスは「富の分配」という観点からすると、種々のインターネット広告の一つに過ぎない。他のインターネット広告代理店と差別化するために、広告を出稿するWebサイトの頻出キーワードをもとに、表示する広告を自動選択するという便利な機能をつけている。それだけのことであって、「全く新しい経済圏」を形作ろうとしているわけでも何でもない。
しかもWebサイトの頻出キーワードを自動判別すると言っても、所詮は同一ドメイン単位であり、しかも以前ここに書いたように、グーグルのロボットが文脈を含めて自然言語を理解しているわけではない。キーワードの出現頻度を統計処理しているだけのことである。
さらに言えば、アドセンスだけで自活できるようなWebサイトを運営しようと思えば、そもそもアドセンスなどに頼らずとも十分自活できるくらいの、特定分野での専門知識か、それだけのWebサイトを運営する時間的余裕を作り出すための経済的余裕(たとえば過去に投資した不動産が勝手に稼いでくれる等)が必要なことは当然である。
アドセンスはせいぜい小遣い稼ぎ程度の富の分配にしかならず、僕らが生きている市場経済の巨大な交換(取引)の網目に、部分的に編みこまれているに過ぎない。
このような僕の考えはアドセンスを過小評価しているだろうか。仮にアドセンスが本当に「全く新しい富の分配システム」なのであれば、貨幣の流通速度が飛躍的に高まり、グーグルの利用者が比較的多い先進諸国が未曾有の好景気に沸くはずではないのか。
経済の基本をまったく理解していない梅田望夫氏のアドセンス評は、完全な間違いであることがお分かりいただけたと思う。梅田氏自身、『ウェブ進化論』がベストセラーになることで、大手出版社のリアル世界への大量の広告費投入の恩恵をうけたのだから、今ならアドセンスを過大評価したことを実感をもって訂正できるに違いない。