梅田望夫著『ウェブ進化論』の偏ったグーグル擁護論

今回は、グーグルが自らの企業理念「ウェブ上の民主主義は機能している」と明らかに矛盾していることを論証してみたい。それによって、梅田望夫氏の『ウェブ進化論』の偏狭さも明らかにしたい。
梅田望夫氏は『ウェブ進化論』の第二章で、グーグルがWeb2.0時代の理想的な企業であるかのように称揚しているが、その議論はやはり狭い視野と激しい思い込みにもとづいている。
たとえばグーグルのWebサイトに掲載されている同社の企業理念にあたる文章「10 things Google has found to be true」(グーグルが真実だと見出した10の事柄)の中に、「Democracy on the web works.」(ウェブ上の民主主義は機能している)という項がある。このグーグルの理念を擁護して、梅田氏は次のように書いている。
「権威ある学者の言説を重視すべきだとか、一流の新聞社や出版社のお墨付きがついた解説の価値が高いとか、そういったこれまでの常識をグーグルはすべて消し去り、『世界中に散在し日に日に増殖する無数のウェブサイトが、ある知についてどう評価するか』というたった一つの基準で、グーグルはすべての知を再編成しようとする。ウェブサイトに張り巡らされるリンクの関係を分析する仕組みが、グーグルの生命線たるページランキング・アルゴリズムなのである。リンクという民意だけに依存して知を再編成するから『民主主義』。そしてこの『民主主義』も『インターネットの意志』の一つだと、彼らは信奉しているのだ」(p.54)
梅田望夫氏はこの理念に賛同するだけでなく、それをもっと強化しようと読者に呼びかけている。「ITの進歩によってはじめて可能となる新しい仕組みを是とし、人間の側こそそれに適応していくべき」(p.55)という視点で、グーグルという会社は「世界を作り直そうとしている」(p.55)と書いた上で、グーグル擁護論を展開する。
この部分で梅田氏は、ITが主人、人間が奴隷になるべきだと恥ずかしげもなく明言しており、梅田氏の主張はヘーゲルの弁証法以前の水準にとどまっており、あまりに素朴すぎて痛々しいほどだ。
しかしグーグルが提供しているページランキング機能やアドワーズ、アドセンスなどのサービスが、本当に「民主主義」の前提となる言論の自由を担保する仕組みになっているかどうかは、きわめて疑わしい。
たとえば昨日も書いたように、ブログ上の『ウェブ進化論』書評のほとんどは肯定的評価になっている。その肯定的評価が同書の売上増につながり、さらに肯定的な評価のブログ書評が増えるという循環がはたらいている。
それによって『ウェブ進化論』が売れ続けていることは、ほぼ事実と認めていいだろう。チープな経済誌風に表現すれば、これこそWeb2.0の新しい「口コミ」マーケティングなのだ!!となる。
この循環の過程で、グーグルのページランキングという仕組みがどんな役割を果たしているかは、少し考えればわかる。
Aさんがブログで『ウェブ進化論』は良いと書く。Bさんもたまたま同書を読んでいて、グーグルでAさんのブログを見つけると、「同じ意見の人がいた」と、喜んでトラックバックでAさんのブログから自分のブログへリンクを張る。
ブログ作成者どうしでは、トラックバックされたらお返しするのが、ネット世界ではすでに慣習になっているので、Aさんもトラックバックして、Bさんのブログから自分のブログへリンクを張る。
ここにCさんという人がいて、『ウェブ進化論』など根拠薄弱で読むに値しない本だという書評をブログに書く。Cさんの書評はAさんやBさんのような人からは無視され、リンクが張られることはない。
このようにして、開始時点で『ウェブ進化論』を擁護するブログが少しでも多ければ、トラックバックとそのお返しによる相互リンクが、擁護派の間でどんどん張られていき、グーグルのページランキングの仕組み上、それら擁護派のブログが「ウェブ進化論」というキーワードでグーグル検索したときの上位を独占することになる。これは今、事実として起こっていることなので、グーグル検索して確かめて頂きたい。
逆に『ウェブ進化論』批判派のブログは、相互リンクのネットワークから排除されたままなので、グーグルのページランキングで徐々に下位に押しらやれていく。
グーグル検索で上位のページは閲覧されやすいので、ますます閲覧されるようになり、下位のページは無視されやすいので、ますます無視されるようになる。上位ページに『ウェブ進化論』擁護派が多いという事実が、ますます擁護派を増加させ、世論を擁護派へと収斂させていく。
このようにしてグーグルのページランキングという仕組みは、最初はわずかだった擁護派、反対派の差を、相互リンクの増殖がページランキングを上げるという好循環を通じて、人々の意見を多数派の方向へとどんどん強化していく働きをするのだ。
補足しておくと、相互リンクというブログ間のリンクは、「ネットワーク効果」によってグーグルのページランキングシステムに、単に一次関数的な影響を与えるだけでなく、指数関数的な影響を与える。
たとえば5個のブログがお互いにリンクを張ると、合計10本のリンクができ上がるが、これが倍の10個のブログになると、単に2倍の20本ではなく、45本の相互リンクができ上がる。現実には全てのブログがお互いにリンクを張るなどということは起こらないが、それでも相互リンクの相乗作用で、類似した内容のブログのページランクを押し上げる効果をもつのは事実である。
仮に『ウェブ進化論』の場合のように、著者自身のブログのページランキングが始めから高い場合、『ウェブ進化論』擁護派のブログが驚くべき速度で増え、逆にこの「愛と苦悩の日記」のような『ウェブ進化論』批判派のブログがますます無視されるのは、当然といえば当然の帰結なのである。
では少数派のブログが巻き返しをはかる方法はないのかと言えば、グーグルを使って一つだけ方法がある。それはアドワーズの広告主になることだ。たとえば誰かが「銀河鉄道999」というキーワードでグーグル検索したときに、検索結果画面の右端に、自分のブログの広告が表示されるようにする。「銀河鉄道999」という検索キーワードの広告主になるのである。
誰かがそのキーワードでグーグル検索して、自分のブログの広告をクリックするたびに広告料が発生し、後からまとめてクレジットカードでグーグルに支払う仕組みになっている。
ただし市場原理にもとづいて、人気のあるキーワードには非常に高い値段がつく。したがって個人で買える検索キーワードはマイナーなものに限られるが、それでもこの「愛と苦悩の日記」は一時期「銀河鉄道999」「Notes/Domino」などのキーワードの広告主になって、限られた予算の中で少しずつ読者を増やそうと努力していた。
ところが、である。ある日グーグルから突然メールが届き、あなたのWebサイトは不適格であるとして広告の出稿を止められてしまったのだ。
グーグルはアドワーズ事業において広告主を独自の基準で選別することで、少数派の意見がネット上で認知を得る手段を奪っていると言える。これはグーグルの「Democracy on the web works.」という企業理念と完全に矛盾している。
実はグーグルのもう一つの広告サービス「アドセンス」や、ページランキング機能でも同様に、グーグルがサービスの利用者に突然、利用停止を告知したり、特定のWebサイトをページランキングから削除するなど、事実上の言論統制を行っている。また、グーグルが中国でのビジネスにおいて、特定の宗教団体のWebサイトをページランキング機能から除外しているのは周知の事実である。
佐々木俊尚氏の『グーグル―Google既存のビジネスを破壊する』(文春新書)には、このようなグーグルの負の側面も取り上げられているが、梅田望夫氏は一切ふれていない。

梅田望夫氏のグーグルのアドセンス事業についての説明や、グーグルの組織マネジメントをとりあげた部分にも、初歩的ともいえる誤りがあるのだが、それはまた次回、詳細に論じることにする。
『国家の品格』と同じように『ウェブ進化論』もほとんど「妄想」と呼びたくなるほど救いがたい独断や、致命的な矛盾が散見され、ほとんどまじめに論じるに足りない書物である。しかしそんな書物がベストセラーになっている以上、僕ら少数派はきっちりとブログで批判を展開しつづけなければならない。それこそがネット上の真の民主主義だと、僕は考える。