ウォルター・ブロック著・橘玲訳『不道徳教育』の痛快な原理主義

ウォルター・ブロック著、橘玲訳『不道徳教育 擁護できないものを擁護する』(講談社)を読んだ。久しぶりに痛快に面白い本だった。原書は何と30年前の1976年に米国で出版された『Defending The Undefendable(擁護できないものを擁護する)』だが、橘玲氏の思い切った「超訳」によって、今の日本に生きる僕らにとって驚くほど新鮮で時宜を得た内容になっている。
とても道徳的に擁護できないと思われるような行為、ポン引き、女性差別主義者、ダフ屋、ニセ札づくりなどを、リバタリアニズムの立場から切れ味鋭く論理的に擁護していく書物だ。リバタリアニズムというのは、訳者によるまえがき「はじめてのリバタリアニズム」によれば、国家の存在も否定する徹底した市場原理主義のことだ。
国家こそ諸悪の根源であり、すべてを市場原理に任せれば最大多数の最大幸福が実現する。それが本書の一貫した主張だ。僕は不勉強で、アナーキズムは共産主義としか結びつかないとばかり思っていたのだが、市場主義の極北にも国家の存在しないユートピアがあったというわけだ。

しかしリバタリアニズムの論理が理想論であることには違いない。現実には国家による市場や市民生活への介入は法律にもとづいて行われており、今さらそれらを完全になくすことはできない。完全になくすことができなければ、妥協に満ちた「不完全な市場主義」の世界を微調整しながら生活していくしか方法がない。
まえがきで橘玲氏が分類しているように、リバタリアニズムは飽くまで「原理主義」の一派であり、僕らの住んでいる日本社会で事実上、主流になっているケインズ主義は「功利主義」である。「原理主義」は現実がどうあろうと徹底して理想を追求し、「功利主義」は現実を出発点にして最良の結果が得られるような方法論を追求する。
「原理主義」が一種の理想論であることを知った上で、本書の論理的な主張を道具として身につけておけば、いい加減な市場主義批判に反論するための強力な武器になる。たとえば藤原正彦氏のような、きわめていい加減な市場主義批判など、『不道徳教育 擁護できないものを擁護する』の論理をもってすれば実にかんたんに反論できる。
もちろんその反論を封じるために、藤原氏は論理というもの自体の限界を盾にとるわけだが、次回は大ベストセラー『国家の品格』に鉄槌を下したい。

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    はまっている橘玲著書の新作は、1976年にアメリカの政治経済学者ウォルター・ブロック教授の「Defending The Undefedable」(擁護できないものを擁護する)の翻訳。
    翻訳というより、シドニーシェルダンシリーズ並みの超訳!
    なんせ目次が・・・
    売春婦/ポン引き/麻薬密売人/シャブ中/2ちゃんねらー/ダフ屋/ホリエモンなどなど
    主題は「リバタリアン/無政府�…