やはり単なる「結果」でしかない『ウェブ進化論』の第二法則

さて、第一法則につづいて、梅田望夫氏『ウェブ進化論』の第二法則「ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏」を検討してみたい。
この第二法則は次のように説明されている。「第二法則とは、『ネット上にできた経済圏に依存して生計を立てる生き方』を人々が追求できるようになったことである。ネット上に自分自身の分身(ウェブサイト)を作ると、リアルな自分が働き、遊び、眠る間も、その分身がネット上で稼いでくれる世界が生まれた」(p.36)
この第二法則は比較的かんたんに反駁できる。自分が眠る間に稼いでくれるようなウェブサイトを作ろうと思えば、どれほどの技術力、独創的なアイデア、それを実装するための労力が必要かを梅田氏は完全に無視している。
自分の分身として勝手に稼いでくれるだけのコンテンツをもつウェブサイトを作り上げるに足る、技術力や独創的なアイデアを得るには、高い教育水準と、経済的な安定に加えて、特定分野について一般人と差別化できる極めて深い知識が必要であることは言うまでもない。
梅田氏は第二法則の事例として、第二章でGoogleのアドセンスという広告サービス、第三章でAmazonのWebサービスAPIをあげている。アドセンスとはウェブサイトの内容に合わせた広告を自動的に選別して表示するサービスで、個人でも申し込めることが画期的だと書かれている。表示された広告がクリックされると、1クリックあたりいくらという風にウェブサイトの運営者に広告料が支払われるしくみだ。
梅田氏は次のように根拠のない楽観論をふりまわしている。
「月に10万円稼ぐにはテーマ性の高い人気サイトを作らなければならないからたいへんだが、月数万円規模ならば少々の努力で、月数千円規模ならばかなりの確率でたどりつく。家に引きこもって、ウェブサイトを通じてネット世界とつながっているだけで、リアル世界で通用する小遣い銭が自然に入ってくる仕組みである」(p.75)
たしかに梅田氏の友人知人には月数万円を軽く稼いでいる人がたくさんいるのだろう。しかしそれは梅田氏の友人知人が野心に燃えた起業家だったり、梅田氏に匹敵する高度な教育を受けたエリートたちだからであるに過ぎない。『ウェブ進化論』批判の最初でもふれたように、梅田望夫という人物は、自分がいかに恵まれた環境にあるかについてあまりに無自覚である。
同じページには続けてこう書かれている。「『何だ、ケチな話をしているなぁ。それだけじゃ喰えないだろ』などと言うなかれ。それはフルタイムの安定した仕事に従事する『持てる者』の発想だ。グーグル経済圏に最も敏感に反応するのは『持たざるもの』である」(p.75)
では、上野公園のビニールテントで生活している皆さんはどうしてグーグル経済圏に敏感に反応しないのだろうか。このあたりの梅田氏の議論は、荒唐無稽、ナンセンスもいいところである。
Googleのアドセンスはたしかに個人のウェブサイトでも広告掲載できるが、インターネット広告は始まった当初から広告掲載に厳しい制限はなかった。例えばこの「愛と苦悩の日記」の親サイト「think or die」には、約9年前の一時期、ホンダの新車の広告が表示されていたことがある。ホンダの広告を表示するには、1日で終わる簡単な審査があっただけ。Googleのアドセンスで個人が広告が出せるということは何ら目新しいことではない。
Googleのアドセンスの新しさは次の2点である。(1)ウェブサイトの内容を自動的に判別する仕組み、(2)10年前と比べると個人のウェブサイトが爆発的に増加したことによる「ロングテール」現象。ただし(2)はGoogleのアドセンス自体の新しさというより、ウェブ利用者の増加でネット広告業界が等しくうけている恩恵なので、厳密に言えばアドセンスの独創性は(1)だけである。
しかもアドセンスのウェブサイトの内容を自動的に判別すると言っても、同音異義語を文脈から正しく解釈できるわけではなく、様々なキーワードの組み合わせによる出現頻度を統計処理しているに過ぎない。
だから例えば「ユリイカ」という単語が頻出するウェブサイトに、日本の若手映画監督のDVDの広告を表示すればいいのか、現代思想や現代詩の新刊広告を表示すればいいのか、残念ながらアドセンスには判別できない。アドセンスの表示する広告を注意して見ていると、この種の微笑ましい「勘違い」にかなりの確率で出会う。
梅田氏がもう一つ上げている例はAmazonが書籍検索機能を無償公開している点だ。ここにAmazonのアフィリエート・プログラムを付け加えてもいいだろう。しかしこれもアドセンスと同じ議論で反駁できる。
月数万円の収入になるほど広告をクリックしてもらえるようなウェブサイト、月数万円の収入になるほど閲覧者にAmazonで本を買わせることができるウェブサイトを作ろうと思えば、一般人はいったいどれほどの時間と労力、そして前提となる一定の教育水準と情報リテラシーが必要だろうか。
(それにWebサービスのAPIを個人のウェブサイトに自力で組み込めるだけのITスキルのある人間があり余るほどいるなら、今の日本のIT人材不足を梅田氏はどう説明するのだろうか)
梅田氏の主張とは正反対で、アドセンスやアフィリエート・プログラムは所詮「持てる者」の小遣い稼ぎ以外の何ものでもない。
さらに今後、梅田氏の『ウェブ進化論』を読んでアドセンスを知った企業が増えるとともに、アドセンスの広告主が増えていけば、需要と供給の均衡で価格が決まる市場原理によって、1クリックあたりの広告料は少しずつ高くなっていく。
すると費用対効果についてより敏感な中小企業から、アドセンスのようなネット広告をあきらめることになり、それとともにウェブサイトの運営者である個人一人あたりに落ちるお金も収穫逓減の法則にしたがって一定水準以上には増えなくなる。
つまり、ウェブサイトが自分の分身として勝手に稼いでくれるという現象は、アドセンスのような広告を知っている広告主やウェブサイト運営者が、現実の世界に存在する企業数や人口に比べて圧倒的に少なく、そのごく少数の、いわば「ネットエリート」である企業や個人たちが情報の非対称性を利用して、一時的に享受している現象でしかないのだ。
第二法則もやはり一つの「結果」でしかないことがわかる。現時点で企業や人々の間に存在する情報の非対称性を「原因」とする、一つの「結果」としての現象でしかないのである。単なる「結果」を法則あつかいする誤りを、梅田氏はここでも犯している。