【補論】『ウェブ進化論』第一法則の単純なミス

梅田望夫氏『ウェブ進化論』第一法則「神の視点からの世界理解」批判に付け加えたいことがある。昨日書いたように、梅田氏は原因と結果を取り違えて、結果を「法則」と読んでしまう深刻な誤りを犯している。
ECサイトや検索エンジンが、大量の購買履歴データやWebサイトの索引データを手に入れ、それを計算処理することによって、梅田氏のような素朴なウェブ信奉者に対して、世界を「理解」しているかのような外観を与えることができているのは、それ以前にそれらECサイトや検索エンジンが独創的なサービスを提供したからである。
ウェブ世界の法則を論じるなら、その独創的なサービスにひそんでいる法則性をとりあげるべきであって、その単なる結果である大規模なデータベースと計算処理能力をとりあげるのは誤りである。昨日ここでそのように書いた。
さらに考えてみよう。たとえAmazonやGoogleが独創的なサービスを提供し始めたとしても、数百万、数千万単位の人々がその利点に気づかなければ利用者は増えず、結果として大規模なデータベース構築はできない。厳密に言えばGoogleはプログラムが自動的にWebサイトの索引を作成するので、利用者に認知されるかどうかは無関係だが、彼らの主要な収益源であり存立基盤である広告事業の成功には、相当数の利用者に便利な検索サイトとして認知される必要があった。
ではAmazonや楽天、Google、そしてYahoo!といったウェブ上のサービス提供者が、現在のような圧倒的多数の利用者を勝ち得た原因は何だろうか。梅田氏ならおそらく、独創的なサービスが口コミでひろがる、ウェブ特有のバイラルマーケティングの成果だとぶち上げるだろうが、果たして本当にそうだろうか。
これらのサービス提供者は、現実には現在のようなウェブ特有の口コミ宣伝が成立する以前の時期に、ウェブを利用したことがない人々をも顧客として取り込む必要があった。そのために彼らがやったことは、当然のことだが既存のメディアを利用した広告戦略である。
Amazonや楽天はCEOが既存メディアで派手に立ち回ることで自ら広告塔となり、サービスの認知度を根気よく高めていった。Googleも僕や梅田氏のようなコンピュータのヘビーユーザ以外の、一般的な認知を得たのは、IPOや時価総額で経済関連メディアに話題をふりまいたからだ。
Yahoo!は登場した当時、ウェブ上の「電話帳」としてほぼ競合他社が存在しない状態だった。この「愛と苦悩の日記」の親サイト「think or die」がYahoo!JAPANで新世紀エヴァンゲリオンの登録サイトになったのはもう10年前の話だが、当時はYahoo!はウェブのディレクトリ(電話帳)サービスとして圧倒的シェアを握っていながら、同時に手近な存在でもあった。ネットの利用者数が少なかった時代に少ない広告宣伝費で独占の地位を築き、先行者利益を享受したと言える。
これらのサービス提供者に対抗しようとして消えていった事業者は数知れず。現在でも対抗できている事業者は、大量の資金を投じて既存メディアで広告を打つか、堀江貴文氏のように「特殊な」広告宣伝技法を用いなければ、ウェブ上でサービスを事業として存続させるだけの顧客数(クリティカル・マス)を獲得できない。
結局のところ、営利企業である以上、いくら独自性のあるサービスを開発したところで、リアルの世界で既存メディアを利用して一定数の認知を得なければ、Amazonも楽天もGoogleもYahoo!存続できなかったのだ。Amazonが「ロングテール」を利用して収益を上げられるのも、数億単位の利用者の認知を得たからこそなのである。
以前にもこの「愛と苦悩の日記」に書いたが、このリアル世界での認知獲得の重要性を理解せず、ウェブの口コミマーケティング効果が自分たちにも当てはまるのだと誤解して、特攻隊的に事業展開するネット企業は、これまでも無数に登場しては消えている。
Web2.0の典型として紹介されるサービス、たとえばアスク・ジーヴズやWikipediaのようなサービスのうち、「最近ブログを始めました」というウェブ利用者が知っているものが一体いくつあるだろうか。アスク・ジーヴズやオールアバウト・ジャパンが日本でテレビCMを放送していたという事実さえ知らないウェブ利用者が過半数ではないのか。毎日ウェブで証券取引をやっている人も、「はてな」って何?という程度の認識しかないのが現実ではないのか。
ウェブ世界にどっぷり浸っている梅田氏のような人物は、AmazonやGoogleがこれまで認知獲得のために、あるときは直接に(広告宣伝費として)、またあるときは間接に(派手なM&A戦略などで)、いかに大量の資金をリアル世界でつぎ込んでいるかを過小評価している。まるでAmazonやGoogleはサービスの独創性とネット上の口コミ宣伝だけで、現在の地位にのし上がったかのような誤った印象を与えようとする。
AmazonやGoogleのようなサービス提供者は、まず独創的なサービスを思いつき、それを現実の世界で認知させるために、あの手この手の広告宣伝を打ち、それによって一定数の顧客を獲得し、その結果初めて「神」が「世界を理解」しているかのような外観を与えることができているのである。
梅田氏の議論はそれらの中間段階をすべてすっ飛ばして、最終結果をウェブ世界の「第一法則」として祭り上げてしまっている。このように検証してみても、梅田氏の議論がいかに粗雑であるかがご理解いただけるだろう。