『ウェブ進化論』第一法則「神の視点からの世界理解」の単純なミス

大ベストセラー、梅田望夫『ウェブ進化論』の詳細な再検討のつづき、今回はネット世界の第一法則「神の視点からの世界理解」についてである。「神の視点」とは、インターネットが「『全体』を丸ごと分析し、『全体』として何が起きているのかを理解できるようになった」(p.35)ことだと書かれてあるが、これは端的にウソだ。
梅田氏があげている事例は、楽天などのオンライン・ショップ(ECサイト)の購買履歴と、Googleのロボットが作り上げる膨大な索引情報である。
まずオンライン・ショップの購買履歴だが、より広く言えば、無数の利用者がWebサイトのどのページを開いたかを時系列で蓄積したデータということになる。Amazon.co.jpでは直前に検索した書籍、過去に購入した書籍などが、個人を特定するIDとひもづけて蓄積されている。それによってAmazonは個々の利用者が興味を持ちそうな書籍を自動的に推薦できる。
Webサイトの閲覧履歴を記録する機能は、もともとWebサーバに存在する。その行動履歴を、利用者IDとひもづけてデータベース化するのは、目新しい技術ではない。記憶装置の価格が年々下落しているので、当然のことながら、大量の行動履歴データを安く蓄積できるようになっている。
驚くべきことに梅田氏は、ここへ唐突に「神」の比喩を持ち込んでいるのだ。つまりインターネットは膨大な行動履歴データを通じて、神のように世界のすみずみを理解する「全知全能」の存在、「ビッグブラザー」のような存在だというわけだ。
しかしECサイトがやっていることは、単に膨大な行動履歴データを統計処理して、個々の利用者の次の行動を予測しているだけであり、なぜそうなるのかを「理解」しているわけではない。
例えばAmazon.co.jpでフレイザー著『金枝篇』を検索すると、『交響詩篇エウレカセブン』というアニメーションのコミック単行本が推薦図書として表示される。これは、単に膨大な購買履歴データを統計処理した結果が表示されているだけであって、決してAmazon.co.jpが「『エウレカセブン』というアニメが『金枝篇』で取り上げられている『王殺し』に着想を得ているからだ」と「理解」しているからではない。統計処理の結果がかなりの確率で当たっているので、まるでAmazon.co.jpがものごとの原因を「理解」しているかのように見えるだけの話だ。
Googleの膨大な索引データについても同じことが言える。Googleが利用者の入力するキーワードから、利用者の求めるWebサイトを一定の確率で検索結果として表示するのは、グーグルが全てのWebサイトの内容を「理解」しているからではない。
単にWebサイト間のハイパーリンクの張られ具合を統計処理して、どのWebサイトがいちばん重要そうかを推測しているだけのことだ。もしGoogleの検索エンジンがWebサイトの内容を「理解」できるなら、自然言語を理解できるはずだが、残念ながらGoogleはいまだに自然言語による検索ができない。人間の方がかなり頭をつかって検索キーワードを工夫しないと、まともな検索結果が得られない。
Amazon.co.jpが先進的であると言われる理由は、大量の購買履歴を統計処理できるからではない。そうではなく、(1)誰でも書評を書き込めるようにすることで、利用者がそれぞれの書物についての「理解」や評価を共有する場を提供したこと、(2)誰でも手持ちの古書を出品できるようにすることで、古書の流動性を飛躍的に高めたこと、(3)書籍検索の機能をアフィリエート制度というインセンティブつきで無償開放し、潜在的に全てのWebサイトを自らの「支店」にしたこと、などである。断じてAmazon.co.jpがネット世界を「理解」する「神」のような存在だから先進的なのではない。
同様にGoogleが先進的であると言われる理由は、個々のWebサイトの重要性を、サイト間のリンクの張られ具合から定量的に計算する方法を発明したからであり、決してGoogleの検索エンジンが「世界中のウェブサイトに『何が書かれているのか』ということを『全体を俯瞰した視点』で理解することができる」(p.36)からではない。
梅田氏のいう第一法則「神の視点からの世界理解」は、「神」という比喩によってコンピュータの計算処理をいたずらに神秘化しようとしている。この点で梅田氏はウェブの進化を誇大広告する誤りを犯している。
しかも、Web2.0の先進性は、梅田氏が「神」という比喩で過大評価したがっているような、大量のデータを安価に蓄積し、短時間で計算処理できるようになった点にはない。この意味で梅田氏は二重の誤りを犯していることになる。
Web2.0の本当の先進性は、商品に対する評価や、「リンクを張る」という行為を通じたWebサイトの評価など、人間でなければ産み出せない知的活動の成果を共有し、流通させる「場」を無料で提供したことにあるのではないのか。
本書の別の箇所で、梅田氏はインターネットには「中心」が存在しないことをくりかえし強調している。まさにその通りで、ECサイトや検索エンジンの先進性は、自らが「中心」となることなく、人間だけが産み出しうる知的生産物が流通する「場」を提供している点にあるのだ。
ところが「神の視点からの世界理解」という比喩は、インターネットの世界に「中心」が(唯一ではないにせよ)いくつか存在することを認めてしまっている。しかし仮にAmazonがオンライン書店の「神」であり、Googleが検索エンジンの「神」であるとしても、それはAmazonやGoogleが先進的なサービスを提供した結果であって、原因ではない。
ネット世界の「法則」を論じるのであれば、なぜAmazonやGoogleが「神の視点」になり得たのか、その原因を「法則」として提示しなければならない。なぜ梅田氏は、単なる「結果」を「法則」を取り違えるような初歩的なミスを犯してしまっているのだろうか。「万有引力の法則」は、リンゴが落ちたことの「原因」だから「法則」と呼べるわけで、誰も「リンゴ落下の法則」などと言わない。こんなの、当たり前のことじゃないか。
梅田氏の議論はこのように基本的なところで誤っているがゆえに信用できない。このように粗雑な議論しかできないような人物が、ネットの先進性を称揚するものだから、旧世代の人々にとってネット世界はますます胡散臭いものに見えてしまう。このことが僕には残念でならない。