梅田望夫氏『ウェブ進化論』のアナロジーに関する深刻な矛盾

引き続き梅田望夫著『ウェブ進化論』の詳細な再検討である。読み進めるうちに、これだけつぎつぎと論理的な破綻や飛躍が出てくる書物というのも珍しい。少し前に保坂和志の『小説の自由』という小説論を読んでいたのだが、小説家である保坂氏の文章の方が、情報科学専攻のバリバリの理系出身者である梅田氏の文章よりもはるかに緻密で論理的なのはどうしたことか。
さて今回は梅田氏が「第一章『革命』であることの真の意味」で提示しているネット世界の三大法則のうち、第一法則「神の視点からの世界理解」を検証しようと思う。だがその前にこの三大法則そのものについて、梅田氏が信じがたい矛盾をきたしている点を指摘しておきたい。
梅田氏は第一章で、Web2.0のインターネットの世界の独自性を強調するために、「ノーベル物理学賞を受賞した」ファインマン教授の議論を援用している。ところで、このように「ノーベル物理学賞を受賞した」という枕詞をわざわざつけた上で、ノーベル賞受賞者の権威を借りて持論を補強するという方法も、梅田氏が典型的な権威側の人間、エスタブリッシュメントであることを図らずも露呈してしまっている。この梅田氏の無防備さ、素直さはいったい何なのだろうか。
話をもどそう。梅田氏がファインマン教授を援用しているのは、教授がニュートン力学の世界と量子力学の世界の違いの大きさを強調するために、自分の学生たちに対して「ニュートン力学からのアナロジーで」量子力学を理解しようとしてはいけないと諭していたからである。
『ウェブ進化論』の「あとがき」で梅田氏はふたたび、ネット世界をリアルな世界のアナロジーで理解しようとしてはいけないと、特に「『昨日から今日に至る日本社会』をで最も優れた仕事をされてきた方々」、つまり現在50代、60代あたりの年齢層の人たちに対して念を押している。なぜなら、ネット世界をリアル世界のアナロジーで理解しようとすると、「ネット世界の過小評価と、若い世代に対するやや悲観的でシニカルな視線」を結論づけてしまう場合が多くなるためだ。
「そのアプローチを改めてほしい。ウェブ進化を、アナロジーによってではなく丸ごと理解してほしい」(p.248)と、しつこいくらいにアナロジーによるネット世界の理解を否定している。
にもかかわらず、ネット世界を支配する三大法則の最初の二つは、「神の視点からの世界理解」「ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏」なのだ。「神の視点」という表現の一体どこがアナロジーでないと言うのか。「人間の分身」という表現がアナロジーでないなら、アナロジーとは何なのだろうか。
この『ウェブ進化論』という書物は、「あとがき」を読むまでもなく、明らかにWeb2.0のインターネットの世界をよく理解していない人たちに向けて、そのネット世界の独自性を理解してもらうことを目的として書かれており、その目的を達成するために実にさまざまなアナロジーが駆使されている。15ページに出てくる「甲子園に進むための高校野球予選のような仕組み」という表現、第二章に頻繁に登場する「グーグルの情報発電所」という表現など、いたるところにアナロジーが散りばめられている。
一方では激烈な調子で、ファインマン教授まで援用して、アナロジーによってネット世界の本質を理解することの不可能性を主張しながら、他方では本書の至るところに魅力的なアナロジーを散りばめる。ここにも梅田氏によって書かれた本書の深刻な矛盾がある。そしてやはり、梅田氏はこの矛盾に全く気づいている様子がない。この矛盾が意図的なものだというなら、ぜひこのブログにトラックバックで弁明をして頂きたい。
アナロジーをめぐる梅田氏の深刻な矛盾を指摘しているうちに、この記事も長くなってしまったので、第一法則「神の視点からの世界理解」の再検討はまた次にしたい。