既存の権威を体現する梅田望夫『ウェブ進化論』の深刻な矛盾

話題のベストセラー梅田望夫著『ウェブ進化論』は視野が狭く、矛盾だらけの楽観論に満ちていることを、これから数回に分けて論証していきたい。
梅田望夫著『ウェブ進化論-本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書)はいたるところ矛盾と飛躍に満ちた奇怪なベストセラーだ。文章に書いてある中身は論理的な根拠が薄弱な飛躍が各所に見られ、文章に書いてあることと著者がじっさいに行っている行動の間には深刻な矛盾がある。
これから数回に分けて本書の論理的飛躍や矛盾を検証し、本書が書かれる価値のなかった本であり、したがって読む価値のない本であることを示して行きたい。
「序章 ウェブ社会-本当の大変化はこれから始まる」で読者はいきなり深刻な矛盾につきあたる。筆者は「チープ革命」と呼ばれる現象を手放しで称揚している。「チープ革命」とはハードウェア価格の下落、オープンソース登場によるソフトウェアの無料化、高速回線の価格下落、検索エンジンのような無償サービスの充実などが、表現行為のためのコスト面の敷居を下げ、表現者数を増加させることだ。
それによって「ありとあらゆる表現行為について、甲子園に進むための高校野球選手権のような」「自由競争・継続競争の」「仕組みが、世界中すべての人に開かれているのが常態となる」。ネット上の情報の玉石混交問題が解決されれば、いわゆる権威が既存メディアを通じて届ける情報よりも、ネット上の情報の質が高くなり、「さらに専門家もネット上の議論に本気で参加しはじめるとき、既存メディアの権威は本当に揺らいでいく」。
「プロフェッショナルを(中略)認定する権威は、既存メディアから、グーグルをはじめとするテクノロジーに移行する」。
たしかに梅田氏は「ネットはメディアを殺すのか」といった単純な議論は否定するが、「チープ革命」によって既存メディアの権威は数十年かけて相対化されるだろうと、確信をもって書いている。
しかし梅田氏の経歴を見てみると、慶應義塾大学工学部卒業、東京大学大学院情報科学科修士課程修了という、まさに現代の日本では「権威そのもの」と言える経歴である。さらに本書がベストセラーになったのは、筑摩書房という典型的な「権威ある」既存メディアが多額の広告宣伝費をかけて宣伝したからでなくて何だろうか。本書を手に取るまで、僕は梅田氏がブログを開設していることさえ知らなかった。(梅田氏への反論として、グーグルのような検索エンジンの限界については、また後日書きたいと思う)
筑摩書房が新書シリーズのテコ入れのために、僕の大学時代の師である高橋哲哉を始め、野中郁次郎、茂木健一郎、四方田犬彦、養老孟司、加藤周一といった、そうそうたる権威に依存して執筆依頼をつづけているのはれっきとした事実である。梅田氏はその一員として、権威ある執筆者として既存メディアに選ばれたのだ。
笑ってしまうのは本書に差し込まれている日本版『フォーサイト』の広告である。そこに梅田氏は推薦のことばを寄せており、毎月『フォーサイト』を愛読していると書いている。その理由は「玉石混交の情報から『玉』を選び出す『質の高い編集』が行われている」からであり、「『フォーサイト』は、これから淘汰が起こるはずの雑誌メディア界でも確実に生き残る一誌だと確信しています」と書いている。
結局のところ梅田氏は既存メディアの人脈を駆使した情報選別能力と、それを継続することによって築き上げられる権威を全面的に信頼しているのであって、自らも慶応大学、東京大学大学院、シリコンバレー(シリコンバレーが現代のインターネット文化の「権威」の中枢でないというのは欺瞞である)という、現代日本に典型的な権威の王道をたどっている。
梅田氏がウェブによる既存メディアの相対化という主題を安心して展開できるのは、『フォーサイト』誌と同じく、自らの「権威」がウェブの進化によって覆される心配がまったくないからである。なぜなら梅田氏は日本で誰よりも早く「Web 2.0の革命性」に気づき、それを啓蒙しうる立場にある「権威」だからだ。
それがウェブであろうと既存メディアであろうと、誰が権威を得るかは結局のところ「情報の非対称性」で決まる。梅田氏は、同年齢の溶接工やタクシードライバーよりも、現代のウェブの先進性について圧倒的な情報量をもっていることは間違いない。
その理由は梅田氏が、極めてコストの高い教育をうけることができる経済的に恵まれた環境に育ったからで、梅田氏が称揚するネット先進企業の社員や、オープンソース・ソフトウェアの開発に参加するハッカーたちにも同じことが言える。
そのようにして自らが体現しているきわめて伝統的な権威を、梅田氏は意識的にか、無意識にか、完全に無視して本書の議論を進めている。自らが筑摩書房に選ばれる権威であり、テレビ東京系『ワールドビジネスサテライト』にゲストとして選ばれる権威であることをわきに置いたままで、自分の「ウェブ進化論」を展開できると信じている。
このように梅田氏は自らが書いている内容のレベルと、自らの現実の行動レベルで深刻な矛盾をきたしており、自らが書いているものの中でその矛盾を完全に無視しているように見える。本書に書かれている内容を検討するにあたっては、まずこの点をはっきりと認識しておくべきだ。