品格を欠く藤原正彦のエッセー

■近所の小さな本屋に立ち寄ったら、今ベストセラーになっている『国家の品格』の著者、藤原正彦の『祖国とは国語』(新潮文庫)が平積みになっていた。どれだけつまらない本かを確かめるためにぱらぱらめくってみると、案の定、国家が折り目正しくなるためには、国民一人ひとりが折り目正しくならなければならない。そのためには小学生の国語教育が最重要である。などと当たり前のことが延々と書かれている。
きっと『国家の品格』という本にも同じようなことが書かれているに違いない。この種の本を読む人たちは、自分の考えで自分自身を洗脳したい人か、当たり前のことがいかに当たり前に書かれているかを確認して、著者の考えていることの凡庸さを嘲笑したい人くらいだろう。
しかしこの藤原正彦という人物は決して凡庸ではない。自分自身が「品格」を欠いていることに全く気付いていないという点で、きわめて非凡な数学者である。『祖国とは国語』の後半部分に、自宅と別に書庫専用の家を持ちたいという短いエッセーがある。その中で藤原氏は、どうせ書庫を作るなら愛人を一人囲えるくらいの小さな部屋が欲しいと書いている。下品である。
また、そのすぐ前のエッセーでは、旅行に出かけるときにはいつも自分の妻に、旅先できっと美しい踊り子を見つけてくる(つまり浮気してくる)と宣言して出かけるが、自分はどうしてももてない運命にあるようだ、などと書いている。下らなすぎる。
さて、この藤原という人のどこに「品格」があるのだろうか。小学生にはきっちり国語を教え込むべきだとか、国家の品格が大事だとか言う前に、自分に品格がないことを一日も早く自覚して欲しいものだ。繰り返し書くが、自分の書いていることの品格のなさに全く無自覚であるという点で、藤原正彦氏はきわめて非凡な数学者である。

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  1. 性・宗教・メディア・倫理

    新田次郎によろしく

    はじめに)
     以下、『若き数学者のアメリカ』(新潮社・81年)を(アメリカ)
        『数学者の言葉では』(新潮社・84年)を(言葉では)
        『数学者の休憩時間』(新潮社・94年)を(休憩時間)
        『遥かなるケンブリッジ』(新潮社・95年)を(ケンブリッジ)
        『父の威厳 数学者の意地』(新潮社・98年)を(威厳意地)とします。
    (1)経歴概略(エッセイの記述からまとめたものなので、年齢と出来事の対応について若干の間違いがあるかもしれません。)
    194…