高齢者のためのアニメの可能性

■昨日、本体サイト「think or die」に日本経済新聞の社説「日本のアニメに経営戦略を」についての反論『メタ言語としてのアニメと経済合理性』を掲載したが、ビジネスとしてのアニメを考える以上、世代とアニメの関係も無視できないことにも気づいた。
ガンダム世代ははたして50代、60代になってもガンプラ(ガンダムに登場する「モビルスーツ」と呼ばれるロボットのプラモデル)を愛し続けるのだろうか。『テニスの王子様』のやおい小説を楽しむ「腐女子」の皆さんは自分の子供が20代になっても少年同性愛小説を楽しみ続けるのだろうか。それともヲタクには、ヲタクを卒業適齢期みたいなものがあるのだろうか。
僕が某大手コンピュータメーカでERPパッケージのプリセールスをやっていた頃の上司には、自宅に漫画の単行本の書庫があるほどの漫画好きで、いまだにかなりマニアックに漫画を楽しむことができている人がいた。
アニメーションに一定の卒業適齢期があるのなら、いつの時代にもアニメの受容層は限定されることになり、さらに国内の少子化の進行は避けられないので、ますますアニメ市場は縮小に向かう。その代わり日本で創作されたアニメが新興国に輸出されることで一定の市場拡大は見込めるだろうが、それでもアニメが本質的に「お子様向け」のものであることに変わりはない。
ヲタクが社会的に軽蔑の対象となるのは、やはりアニメや漫画が所詮は「お子様向け」のものであり、ヲタクの人たちとはいつまでたっても子供っぽさの抜けきらない「不完全な大人」であるという暗黙の社会通念があるからだ。このことは否定できない。(酒、タバコ、ギャンブルなしでは生きていけない大人たちも、立派な「お子様」ではあるが)
ただ、僕はガンダム世代が50代、60代になるころには、熟年向けのアニメーションが登場しているだろうと期待する。現時点で人気のアニメは10代の少年・少女が主人公になっているので、不可避的に10~20代の受容層しか産みださない構造になっている。
しかしこれからは50代、60代でも感情移入できる10代の主人公が登場したり、むしろアニメの強い虚構性を利用して、たとえば「コナン」が少年の姿をした大人であるように、少年少女の姿をした老人や、そもそも年齢という概念を超えた存在が主人公であるようなアニメ作品がもっと増えてくるのではないだろうか。
この表現の自由さや可能性こそが、ビジネス上の経済合理性を軽々と超えたところでアニメーションという分野を成立させているのであり、日本経済新聞の社説はアニメのこういった側面、というよりも本質を看過している。