『女王の教室』スペシャル1の脚本・演出に失望

■昨晩、日本テレビ系でドラマ『女王の教室』スペシャルの「エピソード1~堕天使~」が放送されていた。2夜連続スペシャルの1日目である。ご存知のように連続ドラマ版『女王の教室』は2005/07~09の1クールだけの放送だったが、最終回の視聴率はなんと25.3%を記録したそうだ。僕は連続ドラマ版は見ていないが、昨年末放送された総集編を見て、デフォルメされた主人公のキャラクタ設定に少しはまってしまった。
今回のスペシャルは、年末の総集編で予告されていたものだが、冷徹な女教師・阿久津真矢の秘められた過去を明かすという主旨で、彼女が小学校教師として初めてうけもった6年生のクラスや、私生活での結婚とその悲劇的な結末を通じて、なぜ彼女が冷徹な教授法をとるにいたったのか、その理由が描かれていた。
阿久津真矢のデフォルメされたキャラクター設定からして、演出がくどくなったり、脚本がご都合主義的になったり、見ていて鼻白むのはある意味当然というか、それでこそ『女王の教室』らしさが出るのだが、今回のスペシャルはひどすぎる。
例えば彼女が最初に担当した6年生のクラスで、阿久津真矢に同性愛的な思いをよせる女子生徒が登場する。真矢と二人だけの秘密だといって交換日記をするよう強要したり、物語の展開としては面白くなるはずなのだが、その擬似恋愛感情の描き方がいかにも中途半端で、女子生徒が一転して真矢に復讐の刃を剥く描写に説得力がまったくない。女子生徒が真矢の手に重ねる手だけを抜いたカットや、女子生徒の濡れた唇だけを抜いたインサートショットくらいは欲しい。
それから幼稚園児の息子を事故で亡くした真矢が、息子が溺死したのと同じ場所で入水自殺しようとするところへ、上記の女子生徒から5年ぶりに「今から死ぬ」という電話がかかってくる場面。これはシーケンスの組み立て方が間違っている。
正しくは、失意の真矢が呆然とした表情で、毎日のように息子の溺死現場に通い、日の暮れるまで川岸に座りこんでいるというカットの反復があって、ある日、いつものように川岸にすわって遠くを見つめているところへ突然、携帯電話が鳴る、というシーケンスだろう。
また、別れた恋人の子供を身ごもって自暴自棄になったその少女を救い出し、中絶手術の終わった産婦人科で少女につきそっているのが真矢一人というのも不自然だ。ここでは見舞いに来た母親を少女が拒絶して病室の外へ出し、真矢と二人きりになるというシーケンスを挿入することで、少女が真矢に対して持っている「教師を続けてほしい」という思いがより説得的に演出できる。
というのは、少女の母親は「不良」になってしまった娘になかば愛想を尽かしていて、少女はそうして母親の愛情を受けられなくなったことに絶望して自殺を考えていたということが、少女が母親を病室から追い出すというシーケンスを入れることでちゃんと説明できるからだ。
同時に夕暮れの病室に真矢と二人きりになることで、小学生の頃、やはり同じように夕暮れの教室で真矢と二人きりになったとき、少女が真矢に対して犯した罪をつぐなうという意味をもたせることができる。
少し考えただけでもこの3か所については脚本と演出を直したくなる。二日連続のスペシャルで作るのであれば、僕のような素人に簡単に欠点を指摘されるような手を抜いた作り方をしないでほしい。もととなるアイデアがよく出来ているだけに、それを脚本に落とし、さらに演出に落とす段階で、元のアイデアが台無しになっているのが際立つ。それくらい僕は今回のスペシャルに期待をしていたのだが、かなり失望させられた。