ナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pier声の変遷

■ご承知のように、この「愛と苦悩の日記」でナターシャ・サン=ピエール(Natasha St-Pier)がユーロビジョンで4位入賞した2001年当時の雑誌記事を翻訳していると、セリーヌ・ディオンのことがよく話題になっている。ナターシャ自身、セリーヌ・ディオンのような歌手を目標にしているところがあったようだ。
今年に入ってから発売されたニューアルバムを聴くと、全体にマイナーでやや暗めの曲が多く、あまり彼女をセリーヌ・ディオンの明るく突き抜けるようなボーカルと比較しようという考えが起こらないが、先日、セカンド・アルバム『À chacun son histoire(人それぞれの物語〔恋愛〕)』をMP3サイトからダウンロードして聴いてると、なるほどこれはセリーヌ・ディオンだと納得できた。
このアルバムは1曲目に彼女がユーロビジョン・コンクールで歌った『Je n’ai que mon âme』が収録されているが、三連符による4拍子のいわゆるロッカバラードで、歌い始めはささやくように静かなヴォーカルが、終曲に向かって徐々に盛り上がり、最後は「エーイエー!」と力いっぱいの声量で歌い上げる。
2曲目のアルバム表題曲『À chacun son histoire』もイントロはいきなり無伴奏のささやくような歌声から始まるが、こってりしたペンタトニック・スケールのエレキギターがうなるブルースで、ナターシャのヴォーカルもブルージーなフェイクを織り交ぜながらうなっている。
3曲目の『Laisse-moi tout rever』にいたっては、セリーヌ・ディオンの域を超えて、ホイットニー・ヒューストンばりのたくましく伸びる声を響かせている。セリーヌ・ディオンはいくら声を張っても「うなり」はあまり目立たず、透明に響き続けるけれども、ナターシャの声はこの曲のラスト近くでちゃんとうなっている。
最新アルバムで聴けるようないかにもフレンチポップスっぽい「ささやき」型のヴォーカルから、セカンド・アルバムに顕著なホイットニー・ヒューストン並みに「うなる」ソウルフルなヴォーカルまで、この表現の幅を聴くとナターシャの表現力はすでにセリーヌ・ディオンを超えていると言えるのではないか。
ただ心配なのは、元S.E.Sのバダにも同じことが言えるのだが、20代半ばを過ぎると制作側の意向で不必要に大人びてしっとりした曲ばかりを歌わされるようになってしまうのではないかということだ。
S.E.S時代のバダは韓国の伝統芸能パンソリを色濃く受け継いだ「うなる」ようにソウルフルな声を聞かせてくれていたが、最近のアルバムでは「ささやき」型の妙にセクシーな曲ばかりでややうんざいさせられる。ナターシャ・サン=ピエールも今後同じように「ささやき」系セクシーヴォイス路線に入ってしまうのではないかと危惧する。
最新アルバムでナターシャの本来の声量が聴けるのは、辛うじて『À l’amour comme à la guerre』のサビくらいで、この曲はR&Bではなくフォークなので、力強い「うなり」は期待すべくもない。女性歌手が本来もっている表現の幅を保持したまま作品を発表し続けるというのはそんなに難しいことなのだろうか。