劇場版『機動戦士ガンダム』(1981年)

■『ターンAガンダム』を見る以前の問題として、やはり初代の『ガンダム』を見ておく必要があるだろうと思い、音声部分をデジタルリマスタリングしてある1981年劇場版『機動戦士ガンダム』を観た。139分もの長尺だったが、TV版の再編集ということもあるせいか、中だるみのない、最後まで一気に見せる展開だった。
僕の年齢からするとリアルタイムで熱狂していてもおかしくないのだが、初代のガンダムをまともに見るのは実はこれが初体験だ。神戸市にある某6年制の進学校で、ともにパソコン部を創設した当時の同級生たちは、当然のごとくモビルスーツに熱中していたのだが、僕はアニメーションは小学生時代の松本零士作品で「卒業」という感じで、もっぱらビルボードのヒットチャートにはまっていた。
ドラマを見せるシーケンスのワンカット、ワンカットに、いくつも印象的なものがあった。たとえば地球でようやく再会を果たせたにもかかわらず、戦士としてホワイトベースにもどっていくアムロを見送り、その場にくずおれるアムロの母親を俯瞰するカットなどは美しい。大気圏突入のシーケンスは『ガンダムSEED』に至るまで反復されているということが分かったし、とにかく原点・起源を知るという意味で勉強になった。
『哀・戦士編』や『めぐりあい宇宙編』では違ってくるのかもしれないが、設定として地球群=「正義」、独裁を目論むジオン軍=「悪」という単純な二項対立は、結局「正義のための戦争」を正当化することになっているわけで、その点では戦闘シーンのかっこよさを楽しむロボット戦闘ものの域を出ていない。
アムロ・レイが古谷徹、マチルダ・アジャンが戸田恵子(そういえばテレビドラマ版の『電車男』でマチルダのフィギアを握りしめる伊藤君が母親役の戸田恵子に突然声をかけられて「本物そっくり」とつぶやく台詞があった)、アムロの母親役に池田昌子(メーテル役の声優)、ミライ・ヤシマにいたっては白石冬美という、往年の名声優たちの夢の競演が時代を感じさせる。
それにしても、円広志作曲のエンディング・テーマをやしきたかじんが歌っているというのは、ちょっとイケてないのではないか。『銀河鉄道999』はゴダイゴみたいなバタくさいミュージシャンを使っているんだから。

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